Planet Savers株式会社
代表取締役CEO 池上 京
住 所 | 東京都渋谷区神宮前6-23-4桑野ビル2階 |
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URL | https://planetsavers.earth/ |
――Planet Savers株式会社の事業概要を教えてください。
大気中の二酸化炭素を直接回収する「DAC」(Direct Air Capture:直接空気回収技術)と呼ばれる技術をコアに、世界がカーボンニュートラル社会を目指す上で重要な役割を果たしていくことを目指しています。
環境問題に関心を持ったきっかけですが、もともと私は「自分の仕事を通じて大きなインパクトを残したい」という思いが強く、その思いをかなえる一つの選択として、大学を卒業してJICA(国際協力機構)に入構し、主にイラクやヨルダン、エジプトといった中東・北アフリカの国々に対するインフラ開発・政策支援に従事しました。
その中で、エジプトの火力発電所のリハビリテーション案件に関わる機会があったのですが、友人の欧米の援助機関のスタッフたちは「エジプトのような太陽光も風力もある国では、化石燃料ではなく再生可能エネルギーに力を入れるべきだ」と話していました。
彼らの言葉に、自分の仕事の使命や本質をあらためて見つめ直す気持ちが芽生え、環境問題に対する関心を強く持つようになったのです。
――JICAでの経験が、環境問題に関心を持つきっかけとなったのですね。
はい。その後、経営学修士(MBA)を取得するため、イギリスのケンブリッジ大学に留学したことが大きな転機となります。
そこで出会ったフランス人の学友が環境問題に非常に熱心な人間で、ある日、「Kei! とても面白いことをやっているスタートアップがある!」と、興奮気味にカナダのDACのスタートアップ企業の入社試験を受けたことを報告してくれたことで、DACに興味を持つようになりました。
彼に限らず、欧州の人々は総じて気候変動などの環境問題に対する関心が高く、日本人よりもはるかに強い危機感を持っていると感じました。
また、私自身も留学前に自転車を使っての四国八十八箇所の霊場を巡るお遍路の旅にチャレンジしたのですが、その道中で西日本豪雨(2018年)に見舞われ、命の危険を感じるほどの状況に陥ったことで、気候変動をはじめとした地球規模の異常気象に対する危機感を以前よりも強く抱くようになったのです。
――それがPlanet Savers設立の大きなきっかけになったのですね。
当時は、2020年10月のカーボンニュートラル宣言前ということもあり、日本社会で環境問題に対する人々の関心がそれほど高くなく、その段階では具体的なビジネスモデルを描くことが難しかったのです。
そのため、環境分野での起業ではなく、未来の社会を担う人材の育成を目的に、環境と並んで興味のあった教育分野で株式会社MIRAIingを起ち上げました。
MIRAIingでは、未来のリーダーを育てるための学習プログラムをはじめとしたサービスを提供していましたが、中高生、大学生といった若い世代はSDGsやサステナビリティといったキーワードが身近なもので環境問題への関心が非常に高く、積極的に環境保護活動に参加するなど、具体的なアクションを通じて持続可能な社会の実現に貢献していく気持ちが強いと感じました。
そんな彼らと日々接する中で私自身の環境意識も強く刺激され、自分が以前から関心のあった環境関連事業をやりたいという思いが日増しに強くなっていきました。
特に近年、世界共通の課題として注目される気候変動に対する関心が強くなり、その解決手段の一つとして大気中から直接CO2を回収するDACに強い興味を持ちました。欧米では、DACをコアとした環境関連のスタートアップ企業が次々と誕生し、持続可能な未来に向けた取り組みが急速に進んでいることから、日本ももっとDACに取り組んでいくべきだとの思いが強くなったのです。
そんな折、後の共同創業者となる伊與木健太(現チーフサイエンスオフィサー(CSO))と出会ったことで、一気に起業への加速がつきました。
伊與木は東京大学大学院工学系研究科に所属する研究室で、主にゼオライトと呼ばれる多孔質材料の合成と応用に関する研究で日本トップクラスの研究者として、日本ゼオライト学会の元会長とも師弟関係にありました。ゼオライトを用いた二酸化炭素吸着材の開発なども手がけるなど、この分野でトップレベルの知見を持つサイエンティストです。そんな伊與木と組めば、DAC技術で先行する欧米のスタートアップ企業に対しても、ひけをとらないイノベーションを創出できると考えました。
――伊與木さんも起業に対して前向きだったのですか?
伊與木はもともとMIT(Massachusetts Institute of Technology、マサチューセッツ工科大学)に学術振興会海外特別研究員として従事しており、周囲には起業を目指す学生たちが多い環境だったことから、Planet Savers設立にも非常に前向きに取り組んでくれました。
同時に伊與木自身も独自にゼオライトを用いたCO2吸着材の研究を進めており、そこで思いのほかいい結果が得られていたことから、「じゃあ、一緒にやろう」ということになりました。
そうして二人で事業計画を練ったり、さらなるゼオライト研究を進めながら検証を繰り返したりするなど準備を重ねた上で、2023年7月にPlanet Saversを設立しました。
――あらためて、Planet Saversの詳細なビジョンや事業内容について教えていただけますでしょうか。
「気候変動を食い止め、次世代に美しい地球を残す」というミッションと、「2050年に年間1ギガトン(10億トン)のCO2を回収し、気候変動解決のフロンティアランナーとなる」というビジョンのもと、大気中のCO2を直接回収し、排出量実質ゼロを実現するためのDAC技術の研究・開発を行っています。
CO2を大気中から直接回収する方法にはいくつかの種類があり、現在世界で主流を占めているのは、「アミン」という有機化合物を用いた化学吸収法や化学吸着法です。
ただこの方式では、吸着させたCO2を分離するときに熱を必要とするほか、1トンのCO2回収に数トンの水を必要とします。素材の耐久性も1年ほどしか持続しないと言われており、サステナビリティの観点から私たちが選ぶべき方法ではない、と判断しました。
これに対し、ゼオライトは微細な孔が無数に空いた多孔質の鉱物で、人工的に合成可能な他、日本でも天然に産出する「普通」の無機物資源です。これを吸着材に用い、そこに空気を送り込み微細な孔にCO2の分子がはまり込むことで、CO2を回収することができるのです。
(※写真は粉末状のゼオライト)
また、風圧でCO2回収/分離を行えるため、熱などの化学反応を用いる方式よりもエネルギー効率が高く、比較的低コストでDACを実現することができる点がメリットとなるほか、東北や関東、中部、山陰、九州など日本各地でゼオライトが採取できる鉱床が存在するので、安定したサプライチェーンを構築しやすい点などもメリットといえます。
さらにゼオライトを用いた吸着材は吸脱着を繰返しても性能低下が起きにくい上、再利用も可能なことから、ランニングコスト面でも有利だと言えます。
――そんないくつものメリットを持つゼオライトですが、なぜ、世界的に主流になっていないのでしょうか。
一つは、ゼオライトの合成における技術的なハードルが高い点が挙げられます。
金属導入やイオン交換を行うゼオライトの合成は、高度な合成技術やノウハウを必要とし、世界的に見てもゼオライト合成を高いレベルで実施できる研究者はごく一部なのです。
また、ゼオライトをDAC吸着材として活用する研究は、その潜在的な可能性が注目されている一方で、まだ発展途上の分野であり、当社のように専門的に取り組む企業は少数です。
その点で伊與木の研究室は、ゼオライト合成の分野において世界的にも高い評価を受けており、ライバルたちに先んずる知見や技術を有しています。さらに、250種類以上ある多様なゼオライトの特性にも精通しており、ニーズに応じた最適なゼオライトを選択・設計することができるのが当社の大きなアドバンテージだと言えます。
――ゼオライトで回収したCO2はその後どうなるのでしょうか?
ゼオライトから分離したCO2は、地下貯留により数千年大気から除去したり、コンクリート製造プロセスで用いてセメント使用量を減少させるなど有用な資源としての再利用が考えられます。
再利用の最も身近な例としては農業があります。ハウス栽培や植物工場では、CO2は植物の生育を促進する重要な要素ということで、かなり大きな潜在ニーズがあると思っています。
また、建築・土木分野においても、コンクリート製造プロセスにCO2を活用することでセメントの使用量を減らせるという価値を提供できますし、中長期的な視点では、水素とCO2を組み合わせることで、合成燃料(e-fuel)やプラスチック原料といった新たな価値を生み出すことも可能です。
特に合成燃料は、EUが2035年からガソリン車など内燃機関車の新車販売を事実上禁止する法律を決定したものの、合成燃料を使用する車両については例外的に販売が認められることになりました。このため、今後も合成燃料に対する需要は高まると予測しています。
また、航空業界では、2030年までに航空機からのCO2排出量を5%削減し、2050年までに実質的な排出量をゼロにすることを目指しています。
その目標達成のため、大気中のCO2を直接回収するDACには大きな期待が寄せられています。海外では、DACのスタートアップに航空会社が出資するケースもあり、カーボンニュートラル実現に向けたDACの技術開発競争は激化していくことが予想されます。
そうした世界的な潮流の中で、「優れた合成能力のあるゼオライトを用いたDAC技術」というアドバンテージを持っていることは、非常に大きな武器といえます。
池上氏は、日本でのDACについて、「まず農業やコンクリート製造といった分野での活用」が考えられるほか、「取り出したCO2を水素と組み合わせることで合成燃料を生み出すことも可能ですから、合成燃料製造の実証実験への展開なども視野に入れている」と話す。(※写真はゼオライトの分子構造の模型)
――聞いているだけでわくわくしますが、実用化に向け、現在はどのような状況なのでしょうか。
まだまだ技術開発の段階です。
これを前に進めるためには、大学や研究機関と密接に連携しながら開発を進めていくことが重要で、欧米のスタートアップを見ていても、大学の研究のアイデアや技術を活かして開発を行うといったことが盛んに行われています。
たとえば、カナダのカーボンエンジニアリング社は、ハーバード大学の研究を基に設立されたクリーンエネルギー技術企業であり、2023年にはカナダの「Prometheus Fuels」、2024年には米国の「Occidental Petroleum」といったスタートアップ企業と戦略的提携を結び、二酸化炭素回収技術の商業化を加速させているほか、DAC分野でもっとも著名な企業であるスイスのクライムワークス社も、チューリッヒ工科大学からスピンオフした企業であり、同大学や研究機関と密接に連携しながら技術開発を行っています。
これらを一例に、DAC分野におけるビジネスは、アカデミックな知見やアイデアが起点となるケースが多く、当社も同様に、関係の深い東京大学の知見やアイデアを取り入れた研究開発を進めていきたいと思っています。
――DACで先行する欧米の企業は、現在どのようなフェーズに入っているのですか?
欧米のスタートアップでは、基礎研究や技術開発を終え、実用化に向けた実装段階に移行する企業が増えつつあります。しかし先ほど述べたように、現在はアミンを用いた第一世代の技術が主流で熱や水を大量に消費するため、どこまでコストを削減できるかが課題となっています。
一方、ゼオライトや膜分離方式など、新しい世代のDAC技術は、まだラボからパイロットプラントへの移行段階ということで、いかに早く商用化へ歩みを進めることができるかが課題です。
――商用化では、どのような顧客を想定していますか?
想定しているのは、まず農業やコンクリート製造といった分野での活用です。
また、DACは取り出したCO2を水素と組み合わせることで合成燃料を生み出すことも可能ですから、合成燃料製造の実証実験への展開なども視野に入れています。
メタネーション(※)や合成燃料の精製は、脱炭素社会の実現や経済的なメリットから、近年、大手ガス会社や石油会社、自動車メーカーなどが積極的に研究開発を進めていることもあり、大きな期待が持てるマーケットの一つです。そうした企業に向けて当社の技術を供給し、ご活用いただくことで、新たな価値を提供できると考えています。
(※Methanation、水素とCO2から都市ガス原料の主成分であるメタンを合成すること)
ただ、この技術を大規模に展開するには、「地下貯留技術」の確立が不可欠です。
海外、特にアジア・オセアニアにおいては、マレーシアやオーストラリアなどがCCS(Carbon Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)の産業化に向け、貯留サイトの建設や信頼性評価を積極的に進めていますが、日本もこれらの国々と連携することで、地下貯留分野での取り組みを加速させることができると思っています。
そのための国への政策提言や実証実験の推進などにも、私たちが積極的に関わっていくべきだと考えています。
――現在のPlanet Saversの組織体制は、どのようなものになっていますか?
ビジネスサイドはCEOである私が1人で進めています。そして伊與木がサイエンスチームのCSO(チーフサイエンスオフィサー)を務め、そこに今年に入ってサイエンティスト2名、装置系のエンジニア2名が新たにフルタイムで合流し、体制を強化しています。
ビジネスサイドも、そろそろ私一人だけで動くのは厳しくなってきたので、一緒になってマーケット開拓やビジネス展開を図ってくれる新たな仲間を必要としています。このビジネスは、どうしても海外に視野を広げて考えていかないといけないので、商社出身の方など、語学力を活かして海外顧客との交渉をリードできるような方に仲間入りしてもらえると心強いですね。
もちろん、サイエンティストやエンジニアに関しても、さらなる拡充を図っていくことが重要であることは言うまでもありません。特に今後は装置類の設計・開発や評価試験フェーズに入っていくので、機械工学や制御工学のバックグラウンドを持つ方や装置の設計・開発経験のある方を歓迎したいと思っているほか、ゼオライトというマテリアルを扱うため、化学系のバックグラウンドをお持ちの方も歓迎したいですね。
――今後の経営計画を教えていただけますでしょうか。
今後6~7年で100億円の売上を目指しています。
大風呂敷を広げたように受け止められるかもしれませんが、世界的なカーボンニュートラルへの取り組みを背景に、企業や政府がカーボンニュートラル達成のための手段としてDACを採用するケースが今後増えていくと見込まれ、DAC市場も大きく成長していくことも確実視されています。
DACに関連した設備は一台あたりの装置単価は高くなりますが、将来性豊かな市場があるため、年間数百~1000台の生産、100億円以上という売上は十分に達成できるというのが私たちの考え方です。
とはいえ、今後数年間はシードステージからスタートアップステージへと成長段階が変わっていくため、中長期的な成長を見据え、組織体制の強化や資金調達の安定化といった、ビジネス基盤の構築に力を注いでいくことも不可欠です。
――今後、事業を進めていく上での課題についてどのようにお考えでしょうか。
大きく分けて「コストの適正化」、「社会理解」、「CO2回収後の貯留」、「DAC導入のモチベーション」の4つの課題があります。
まず「コストの適正化」ですが、DAC導入コストやランニングコストが一定の価格にまで下がっていかないと、ユーザーがCO2回収のメリットを見出せず、他のCO2削減方法に流れていってしまう可能性があります。そのため、我々が研究開発を通じて確かなイノベーションを創出し、適正なコストまで下げていくことが大事だと思っています。
次いで「社会理解」ですが、大気中からCO2を回収したり、回収したCO2を地下に貯留したりといったことに不安を感じるような社会的風潮が生まれることもありえます。DACは大気中からCO2を回収するものなので人体に害はないのですが、大規模な炭素回収貯留(CCS)というこれまで日本で商業的に実施されてこなかった取り組みだけに、社会的な合意形成が不可欠であり、そうした部分にも私たちが関わっていく必要があると思っています。
「CO2回収後の貯留」ですが、海外では回収したCO2の地下貯留が一般的であるのに対し、日本ではようやく大規模な炭素回収貯留(CCS)に関する法整備がはじまり、地下貯留が本格的に開始されるのは2030年以降となります。そこで生じる世界とのギャップをどう埋めていくかも大きな課題だと言えます。
そして「制度面」ですが、DAC導入の際の補助金や税制優遇のような制度がないと、なかなか導入が進まない懸念もあります。DAC装置は初期投資も大きいため、導入を促すためには国によるインセンティブが極めて重要。インセンティブやCO2排出課税などでもいいのですが、企業が前向きにDACを導入しようと思えるようなモチベーションを与えることが、DAC導入を検討する企業に対して必要です。
そうしたDAC導入と推進に向けた国への働きかけなどに我々が積極的に関わるのと同時に、メディアを通じたCO2の直接回収についての理解とか啓蒙にも力を入れ、人々の認知度を上げていかなければなりません。
それが国の政策へとつながり、国民全体で環境問題という世界的な課題に取り組む意識が醸成されていく。同時に、日本発のイノベーションとして、私たちPlanet Saversの技術が世界中で活用され、気候変動問題解決に貢献できればこれほど嬉しいことはありませんね。
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