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トップインタビュー

社長力―経営トップの仕事論

経営トップの仕事論

社長力 - 経営トップの仕事論

2014年03月25日掲載

「できる」と思って毎日やっていると、それが現実になっていくんです

塚本 良江 氏

NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション

NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション
代表取締役社長

塚本 良江 氏

PROFILE

1963年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。86年、NTT入社。海外留学でMBA取得後、94年からマルチメディアビジネス開発部に所属。日本発の検索エンジン「goo」やフリーメールなどを立ち上げる。01年、NTT-Xグーカンパニー長。02年、マイクロソフトに転じ、執行役MSN事業部長。07年、ACCESSに転じ、VPメディア事業準備室長。08年、NTTコミュニケーションズに戻り、12年より、NTTコム オンライン・マーケティン・ソリューション代表取締役社長。

2012年に、NTTCom、NTTナビスペース、NTTレゾナント、デジタルフォレストの関連事業を統合してサービスを開始したのが、NTTコム オンライン・マーケティングソリューション。ビッグデータ時代の企業向けマーケティングソリューションを提供する。その代表に就任したのが、塚本良江社長だ。その「仕事論」とは?

(取材・文/上阪徹 撮影/村上裕樹)

Chapter01新入社員時代から、新規事業を扱う部門に

 私が入社した当時のNTTは、大きな変化の時代にありました。民営化直後で、法人向け回線に通信システムを組み合わせて売る、という事業が、ちょうど始まったとき。配属されたのは、まだ立ち上がったばかりの、そんな新規事業のセクションでした。以後、私はどういうわけだか、新規事業を扱う部署にばかり行くんですよね(笑)。
 担当はマーケティング。市場調査をして、何か新しいサービスができないかを考えて。そこから出てきたのが、「テレアシスト」という電話機から証券取引ができる端末でした。私は技術者ではありませんから、私が機械を作ったわけではありませんが、マーケティングサイドで関わらせてもらって。これが大ヒットして、後に社長賞を受賞するんです。
 また、海外事業はまだ積極的ではなかった時代ですが、外資系企業マーケットの開拓から、海外進出のためのマーケットプランを作らせてもらったりもしました。けっこう、のびのびと楽しく仕事をさせてもらいましたね。
 新しい事業がだんだん立ち上がっていって、そのお手伝いをしていく。すべて自分の力で何か新しいものを出すということではありませんでしたが、チームの一員として関わったものが市場に出てヒットしたり、新しいマーケットを開拓していったり。そんな経験ができたのは、本当に貴重でした。

Chapter0226歳で大怪我を負ってしまう

 もうひとつ、入社当時で強く印象に残っているのは、当時の経営トップを間近に見る機会があったことです。著名なコンサルタントがビジネスコンサルタントとして入られていて、二人の会話を聞いたことがあったんですが、方や理路整然とクリアに話される。一方の経営トップは正直、そうではない。でも、その方(経営トップ)が「NTTは変わらなければいけない、真剣勝負だ」と語られる話に、とんでもないパワーがあって。聞いていると涙が出てくるんです。感動してしまう。これこそが、人間力のリーダーシップなんだな、と思いました。すごいと思いました。3回ほど、間近で話が聞けたんですが、いつも感動しました。感動すると、私はすぐに涙が出てしまうんですよね(笑)。
 26歳のとき、私は大きな事故に遭い、一年半ほど手術を繰り返しました。一時は命も危ないと言われました。
 そんなときにも、NTTという会社は温かかった。長く休んで会社に戻ったら、机がそのままになっていて。しかも、ピカピカなんです。まわりの人が教えてくれました。「あなたの課長さんと部長さんが、毎日この机を拭いて、会社に戻ってくるのを待っていたんですよ」と。本当にうれしかった。この話をするたびに、私は涙が出てきちゃうんです。

Chapter03一年半の入院中、英語の勉強にチャレンジする

 入院している間、命が危ない、体の一部はもう動かない、などいろいろ言われました。でも、私は「そんなことはないだろう」といつも思っていて。根っから楽天的なんです。「動かない」と言われると、そんなことは絶対に起きないと思うから、動かす練習をする。そうすると、動くようになるんですね。できると思ったら、できるんですよ。
 それは今ビジネスをやっているときもいつもそうです。「できない」と思ったら何もできない。「できる」と思って毎日やっていると、それが現実になっていくんです。だから、ひどい怪我でも絶望はしませんでした。自分がダメになるとも思わなかった。
 母親は私が人生で最も影響を受けた人ですが、サバサバしていましてね。「終わっちゃったことは終わっちゃったんだから、しょうがないじゃない」「もう前を見ていくしかないじゃない」と。ひどい怪我でしたけど、「また一緒に新しい人生を考えよう」と言ってくれました。それは、とてもありがたい言葉でした。
 一年半の入院中、時間はたっぷりありました。それで、ボランティアで英語の翻訳をやっていたんですね。国連英検の資格も取った。事故に遭った年、社内の留学制度のための試験があったんですが、逃しちゃったんです。それが悔しくて勉強したところもあって。ところが、おそらく上司がチャンスを作ってくれたんだと思います。翌年、試験を受けられて、しかも、私は合格して、留学することができたんです。

Chapter04検索サービスの「goo」を立ち上げ、産休に

 28歳のとき、アメリカのダートマス大学にMBA留学しました。少人数で、ケーススタディ中心で勉強する。1年目はかなり大変でした。英語も想像以上に通用しない。でも、2年目からパーッと扉が開けたみたいに英語ができるようになって。同じ企業派遣の留学生だった主人と知り合って宿題を手伝ってもらったりもして、成績もグングン伸びて(笑)。
 帰国後は、マルチメディア開発事業部に配属。私はMBAを活かして経営企画的な仕事がしたいと思っていたのに、また新規事業です(笑)。最初に取り組んだのが、当時、NTTが普及に力を入れていたISDN。この回線の普及には、その帯域を使うサービスが必要。それでISDNとインターネットを組み合わせてパソコンユーザーに使ってもらうことを思いついて、秋葉原で大ヒットさせたんですね。それから、パソコン塾をやったり、eコマースをやったり、検索サービスの「goo」を立ち上げたり。
 留学中にアメリカで普及し始めていたインターネットを経験して感じたのが、「オープン」というキーワードでした。閉じた世界のサービスではなく、オープンなサービスを考える。これは今も私にとっては重要なキーワードになっています。
「goo」が立ち上がり、日本で初めてのフリーメールを作り、ポータルサイトを立ち上げ、まさに順風満帆でした。本当に忙しかった。会社をかけずり回っていました。私が通ると書類がよく飛ぶ、と言われました(笑)。いつも走っていたから。
 そんな状況の中、結婚5年目で子どもを出産しました。私は性格的にそのときやっていることに一生懸命になる。だから、育休中は子育てに夢中でした。公園デビューして、近所のお母さんとも仲良くなり、楽しく過ごしていました。

Chapter05マイクロソフトに転職。一年で事業を成長軌道にのせる

 一年の予定だった産休・育休は一年半近くになりました。でも、長い人生を振り返ると、良かったと思っています。子どもと過ごす時間は貴重。家族を犠牲にしてまで仕事をする必要はありません。でも、イコール結果を出せなくてもいい、ということではないんですね。ワークライフバランスは、うまく自分で取らないといけないんです。
 それこそ今はインターネットもある。テクノロジーは、人生も仕事も変えてくれます。家族を犠牲にせずに仕事ができる方法を考えることができる。このインターネットの魅力は、もっともっと伝えていかないといけないと思っています。
 産休を終えて戻ったとき、NTTは再編途上にありました。gooは新しくできたNTT—Xに移管されていました。そこでgooカンパニー長に就任し、「キッズgoo」や「教えてgoo」などの新しいサービスを出して、しかも本当にありがたいことにヒットしました。
 そんなとき、マイクロソフトから声がかかったんです。自分がキャリアを積んできたインターネット事業をグローバルスケールでできるというチャンスでもあり、チャレンジしようと転職しました。
 いち早く課題を見つけ、検索エンジンを強化したら、事業は一気に成長軌道に乗りました。やるべきだと思うことに注力すると、業績は一気に伸びるんです。
 新しいことをどんどんやって、結果を次々に出せたりしたのは、なぜなのか。よく聞かれますが、いつも現場にいて、一生懸命にやっているからだと思っています。物事が起きるフロントで、駆けずり回っているから。そこで、なんとなく感じるものがあるんでしょうね。

Chapter06出世をしようと思ったことは一度もない

 マイクロソフトでは執行役員にもなりましたが、私は出世をしようと思ったことは一度もないんです。ただ、自分が作りたいサービスや、次にやりたい事業や、今年はここまで売り上げを上げたいという目標はあります。それが達成されたら業績が残り、プロモーションの対象になった、というだけです。何かをなしたいと思うとき、権限が必要になったら、自然についてくるもの。それは目指すものではないんですね。目指すべきは、何をしたいか、なんです。
 NTTを辞めてからも、昔の仲間とは親しくしていました。そんな仲間から、「NTTのインターネット事業を強化してくれないか」という話がやってきて。「あまりいろいろな企業を渡り歩くのも自分の性には合わないなぁ」と思っていましたから、NTTに戻ることにしました。まさに新規事業、自分の得意な部分を期待されている状況にありましたし。
 次の収入の芽を作るために、今はエンタープライズ向けの事業に取り組んでいます。ただ、戻って来たときには、まさか自分が後に会社の社長を任されることになるなんて、思ってもみませんでした。でも、やるしかない。今はビッグデータ解析を通して、科学的にマーケティングを展開するソリューション分野で新事業を立ち上げようとしています。
 まずは、大きな夢を描く必要があると思っています。そこに行こうと思うから、努力のしようもある。どこに行ったらいいかわからないのでは、できないでしょう。そして夢に加えて、そこに向かうステップを組み合わせる。そうすることで、人はついてきてくれる。そしてこれは、自分の人生も同じなんです。

塚本 良江 氏

マイナビエージェントが聞いた
社長の「座右の銘」

心を開き、
信をもって、道を拓く

オープンに心を開くことはとても大事です。オープンでいることは、実は強くなければいけないこと。自分がさらされるわけですから。社長業に就いて、改めてそう思います。何が起きても大丈夫な状態にしていないといけない。また、やり切るには信念がないと難しい。ぶれてしまったら、うまくいきません。だから、自分を信じることです。そのためにも日々勉強し努力すること。そして、自分の置かれた状況を楽しんでしまうことです。

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