経済キャスターの鈴木ともみです。
この連載では、私が経済キャスターとして培ってきた経済や金融の知識をもとに、旬の経済ニュースを「キーワード」を軸にわかりやすく解説していき、若手社会人の方の「経済や金融の話はちょっと...」といった苦手意識を取り除くとともに、激動の時代を乗り超えるための一助となるようなコラムを綴って参ります。
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1.石破首相、自民党総裁に選出される前の9月2日に「金融所得課税」に言及
今夏は、岸田文雄前首相(前自民党総裁)の後継を決める自民党総裁選に向けた動きに注目が集まりました。
岸田前首相が総裁選に立候補しない意向を表明したのは8月14日午前でしたが、そこから総裁選に向けたニュースが飛び交うなか、過去最多の9人が立候補し、9月27日の投開票に向け、熱い論戦が繰り広げられました。
自民党総裁選における争点は様々にありましたが、金融・経済ニュースの観点から考えると、総裁選の決戦投票で勝利し、10月1日に第102代総理大臣に就任した石破茂氏が9月2日に発言した内容を報じた以下の記事に注目したいと思います。
『自民党・石破茂氏、金融所得課税の強化「実行したい」』(出典:日本経済新聞)
キーワードは『金融所得課税』です。
(今回のキーワード)
『金融所得課税』
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2.「金融所得課税」とは?
金融所得課税とは、金融商品から得た所得にかかる税金のことです。
銀行に預けているお金の利子にかかる税金や、株式や投資信託などの配当金や譲渡時の利益にかかる税金などが該当します。
金融所得課税には、申告分離課税・総合課税・申告不要の3種類の課税方式があります。
利子所得は申告不要となっており、税率が一律合計20.315%(所得税15%、住民税5%の合計20%に0.315%の復興特別所得税が加算されたもの)です。
所得発生時に口座から自動徴収されるため、自分で納税をする必要がありません。
ただし、株式などで生じた所得にかかる税金は、納税者が課税方法を選択することもできます。
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3. 自民党総裁選では金融所得課税を巡り候補者によって異なる見解
自民党総裁選においては候補者の間で、この20.315%で課税されている利子、配当、株式のキャピタルゲイン(投資対象の資産の売却によって得られる利益)等に関する金融所得課税を巡る意見の違いが報じられてきました。
課税強化に積極的な候補者に対し、複数の候補者が反対を表明したり、ビジネス社会からも色々な意見が世に出てきたりしました。
「金融所得課税をすれば、経済成長に必要な資金や人材などが海外に流出してしまう」など、金融所得課税の見直しには消極的な意見も目立っています。
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4. 日本の所得税で取り入れられている累進課税制度とは?
ここで知っておきたいのは、日本の所得税で取り入れられている累進課税制度についてです。
累進課税制度は、課税金額が大きくなればなるほど納付しなければならない税金も高くなる課税方式です。
日本の所得税には累進課税制度が取り入れられているため、課税所得金額が195万円未満の場合には税率5%、195万円以上330万円未満の場合には10%と年収・所得が上がるほど高い税率が適用されます。課税所得金額が4,000万円以上の場合に適用されるのは、最高税率の45%です。所得税の税率が45%でも、さらに住民税の税率10%が加わるため、税率の合計は55%になります。
配当金については、先述した3種類の課税方式の中で総合課税方式を選択した場合に累進課税の税率が適用になります。
配当所得と他の所得の合計で累進課税の所得税を計算し、配当控除の適用も可能です。
ただし、自分で全所得の合計を計算して確定申告する必要があります。
仮に、株式投資などの損失が出ていたとしても、利益と相殺する損益通算は受けられません。
また、株式の譲渡益については、申告分離課税方式を選択すると、申告不要の場合と同じ税率20.315%の税金がかかります。さらに、他の株式で損失が出ている場合には、損益通算が可能です。株式の譲渡所得とほかの所得を分けて確定申告を行います。
このように説明されると、複雑すぎて理解しにくくなりますが、要は「所得税は年収・所得の金額が大きければ大きいほど税負担割合が大きくなるように設計されている」一方、「金融商品の利子、配当、キャピタルゲイン・譲渡益に対して課税される金融所得課税の税率は、原則として一律約20%である」ということです。
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5. 高所得者が恩恵を受ける「1億円の壁」問題
所得税については、所得税法(国税)において、4000万円以上の45%まで7段階の累進税率となっており、高所得者ほど税負担が多くなる設計です。
一方、金融商品の利子、配当、キャピタルゲイン・譲渡益に対して課税される金融所得課税の税率は、原則一律約20%です。
つまり、所得税の最高税率45%と比べて金融所得課税の税率は低いことがわかります。
こうような税制度の設計ですと、高所得者が恩恵を受けるような問題が生じます。
高額所得者は勤労所得による年収・所得に加え、金融投資をより積極的に行う傾向があり、金融所得収入の額も大きくなるなか、年収1億円を超えると所得(勤労所得、金融所得など)に対する平均税率が下がることになるのです。
これが「1億円の壁」と呼ばれる問題です。
岸田前首相は、年間所得が1億円を超えると所得税の負担率が下がる「1億円の壁」を問題視し、高所得者への恩恵が大きくなってしまう金融所得課税の見直しを主張してきました。その上で、金融商品の利子、配当、キャピタルゲイン・譲渡益に対して課税される金融所得課税の税率引き上げを検討する考えを示していたのです。
つまり、金融所得課税の税率が原則一律約20%であり、所得税の最高税率45%と比べて低いことから生じる高所得者優遇の問題点について指摘していました。
ですが、こうした議論は株価の下落を生じさせたこともあり、岸田前政権は金融所得課税の税率引き上げ議論を事実上棚上げにしてきたのです。
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6. 金融所得課税税率引き上げは新NISAを基点とする「貯蓄から投資」政策と矛盾!?
この棚上げされてきた「金融所得課税」の見直し議論が、自民党総裁選の政策議論の中で、再浮上したことになります。
年収が1億円程度を超えると、所得への平均税率が低くなるという事実は、確かに税制の所得再配分の機能が十分に働いていないことでもあり、不公平感が出てきます。
一方、金融所得課税の税率の引き上げは、新NISAを基点とする「貯蓄から投資」への政策と矛盾してしまう面も出てきます。
非課税制度の基にある新NISAそのものに影響はないにしても、新NISAの生涯総投資枠(非課税保有限度額)は1,800万円であり、それを超える部分の投資の利子、配当、キャピタルゲイン・譲渡益に課税される税率が高まると、積極的に投資を始めた人たちの金融所得にも打撃を与えてしまいかねないからです。
実際、9月13日~15日に日本経済新聞社とテレビ東京が「金融所得課税の強化」に関して世論調査したところ、課税の強化について反対と答えた人は45%、賛成は26%と、反対する声の方が多い結果となりました。
支持政党別に反対の割合をみると、自民党支持層は4割、立憲民主党の支持層は5割、特定の支持政党を持たない無党派層は4割でした。
「1億円の壁」の問題は、確かに不公平感が内在しており、所得再配分の流れを止めてしまいます。とは言え、せっかく新NISAの導入で多くの人たちが資産形成に関心を持ち始めているなか「金融所得課税」については、時期を見極める必要があり、個人金融資産の把握を含めるなど、時間をかけて慎重に検討していくべき課題でもあります。
「金融所得課税」が強化されるかどうかは、直接的な自分ごとになりますので、継続的にニュースを追っていく姿勢が大切です。報道されるたびに確認しておくと良いと思います。
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