この連載では、私が経済キャスターとして培ってきた経済や金融の知識をもとに、旬の経済ニュースを「キーワード」を軸にわかりやすく解説していき、若手社会人の方の「経済や金融の話はちょっと...」といった苦手意識を取り除くとともに、激動の時代を乗り超えるための一助となるようなコラムを綴って参ります。
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1. 物価の上昇に賃金の伸びが追いついていない
早いもので、今年も半年が過ぎようとしています。今年は昨年から続く「物価高」と、物価高対策も兼ねた「賃上げ」に関するニュースが継続的に報道されています。
そうしたなか、6月5日には厚生労働省が4月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)を公表しました。
これによると、基本給にあたる所定内給与は前年同月比2.3%増えており、企業の賃上げが広がり、伸び率は29年6カ月ぶりの高さを示したということです。
ただ、一方で実質賃金は過去最長の25カ月連続マイナスであるという結果となりました。
そこで今回は以下の記事を解説していきます。
『4月の所定内給与 前年同月比2.3%増も 実質賃金はマイナス続く』(出典:NHK)
この記事にもある通り、今年4月の働く人1人当たりの基本給などにあたる所定内給与は前年比で2.3%増加し、約30年ぶりの高い伸び率となったことがわかりました。
一方で、物価を反映した実質賃金はマイナスが続いており、厚生労働省は「春闘で賃上げの動きが広がったが、物価上昇の影響が強い状態が続いている」としています。
基本給や残業代などをあわせた現金給与の総額は1人当たり平均で29万6884円と、前年同月比で2.1%増加し、28か月連続のプラスとなった一方で、物価高騰の変動分を反映した実質賃金は、前年同月比で0.7%減少しており、25ヵ月連続のマイナスと過去最長を更新し、依然として物価の上昇に賃金の伸びが追いついていない状況が続いています。
では、このニュースにも出てくるキーワード「実質賃金」とはどういうものなのでしょうか?
今回のキーワードは『実質賃金』です。
(今回のキーワード)
『実質賃金』
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2.「実質賃金」とは?
実質賃金とは、厚生労働省が毎月勤労統計調査で公表している労働者が実際に受け取った給与である名目賃金から、消費者物価指数に基づいた物価変動の影響を差し引いて算出した指数のことを言います。
購買力の実態を示す指標であるとも言え、名目賃金が前年より増えても、物価上昇率が名目賃金の上昇率を上回っていれば、実質賃金は減少します。
実質賃金が減少すると、モノやサービスの購入を控えるため、個人消費の動向にも影響し、生活水準も低下します。
現在の生活水準を維持したり向上させたりするためには、実質賃金が上昇すること、つまり、物価上昇率を上回るような名目賃金の上昇が重要であると言えるのです。
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3.現在の「物価高」は"悪いインフレ"
ここで今一度整理しておきたいのが、物価高が継続しているということです。
本連載第2回『インフレとは? インフレーションの意味や種類を簡単に紹介』でも解説しました通り、そもそもモノの値段=物価は「需要」と「供給」のバランスで決まります。需要が供給を上回れば物価は上昇し、逆に供給より需要が小さいと物価は下落します。
インフレは、インフレーション(Inflation)の略語で、私たちが購入するモノやサービスの価格=物価が上昇する、つまり「物価高」の状態のことを指します。
さらに、このインフレには種類があり、「良いインフレ」と「悪いインフレ」があります。
良いインフレは、社会の景気が好調な中、需要・消費が増加し、モノが売れるなかで企業の売上も増え、販売価格も上昇し、従業員のお給料が増えることから、さらに消費者はモノを買うようになり、商品がたくさん売れて企業の売上が増える...というような好循環の中で起こります。
良いインフレは「景気拡大の中で起こるインフレ」です。
一方、悪いインフレは、原材料や資源価格が上昇する中、商品の仕入れ価格の上昇ほど商品価格に転嫁することができず、企業の業績が悪化し、賃金も増えない中でモノ・商品が値上がりしてしまい、家計を圧迫する...という悪循環をもたらすインフレです。
上記のようにインフレには種類があり、良いインフレを「ディマンド・プル・インフレ」と言い、多くの国々が好景気によりモノが多く売れることで需要(ディマンド)が供給を超え、モノの値段・物価が上昇する需要サイドの要因によって生じるインフレを目指しています。
今はインフレ傾向にある日本ですが、平成の時代は、ずっとインフレとは逆のデフレ下にありました。そこで、政府と日銀はデフレと不景気の悪循環を抜け出すために、緩やかな「ディマンド・プル・インフレ」を目指し、その目的のために実行されたのが、大胆な金融緩和政策でした。
世の中にお金を供給することで、消費者の需要を喚起し、モノが売れるなかで企業の売上も増え、物価も上昇する良いインフレ社会を目指したのです。そうした政策を続けた中、物価高の流れが出てきました。
ですが、今の日本におけるインフレは原材料や資源価格が上昇する中、商品の仕入れ価格の上昇を商品価格に転嫁させることで生じる「コスト・プッシュ・インフレ」の様相が強いのです。つまり悪いインフレなのです。
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4.実質賃金上昇の課題は、被雇用者の7割を占める中小企業において賃上げが広がるかどうか
良いインフレとなるためには、私たち消費者の所得が増え、買いたいものが買えるようになり、モノが売れやすくなる中で物価が上昇する「緩やかな物価高」になる必要があります。
つまり、現在の生活水準を維持したり向上させたりするためには、物価上昇率を上回る名目賃金の上昇が不可欠であり、それが実質賃金の上昇ということになるのです。
この実質賃金の上昇に向けては、政府も積極的な政策を掲げ、経団連も前向きな姿勢を見せています。
冒頭の記事にもある通り、厚生労働省は、「春闘で高い水準の賃上げの動きが広がったことが所定内給与の増加につながったとみられるが、物価上昇の影響が強い状態が続いている。5月以降に賃上げを行う企業もあるとみられるので、今後、実質賃金がプラスに転じるのか注視したい」としており、「春闘での賃上げの結果がさらに反映されていくと、早ければ夏ごろにも実質賃金はプラスに転換していくのではないか」との見方が出てきています。
一方、実質賃金の上昇において課題となってくるのが、被雇用者の7割を占める中小企業において賃上げが広がるかどうかということです。これまでも、中小企業においては、大企業と同レベルの賃上げは、なかなか浸透してきませんでした。
日本社会の全従業員数の7割を占める中小企業において賃上げの波が上手く広がらなければ、物価高が進むにつれ、実質賃金は減少する一方となります。
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5. 物価高が続く中、この夏に実質賃金がプラスに転換するかどうかに注目
先の記事にもある通り、「中小企業でどれくらいのベースアップが進むのか、まだ不透明感が強く、政府のエネルギー対策が終了する関係で電気代やガス代が上がっていき、人件費が増加する中で円安による原材料高を価格に転嫁する動きが広がり、物価高がかなり長く続く可能性」も考えられます。
そうなると、私たちの生活は実質賃金が上昇しない中での物価高に困惑し、デフレ時代のような買い控えが慢性化する状態が今一度生じてしまえば、景気は回復するどころか悪化する道をたどることになります。
読者の皆様にも、ぜひとも自分ごととして、夏の時期に、実質賃金がプラスに転換しているのかどうかについて「実質賃金」に関するニュースを継続的にチェックする中で、確認して頂けたらと思います。
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