金融緩和とは? マイナス金利政策とは何だった?--"金融スキマ世代"に送る『鈴木ともみのわかりやすい経済ニュース解説』(14)

連載・インタビュー

経済キャスターの鈴木ともみです。

この連載では、私が経済キャスターとして培ってきた経済や金融の知識をもとに、旬の経済ニュースを「キーワード」を軸にわかりやすく解説していき、若手社会人の方の「経済や金融の話はちょっと...」といった苦手意識を取り除くとともに、激動の時代を乗り超えるための一助となるようなコラムを綴って参ります。

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1. 日銀がマイナス金利の解除を決定、金融の世界に大きな変化

新年度が始まりました。新入生や新入社員の皆さんが新たなスタートを切り、フレッシュな顔ぶれが加わる中で、社会全体が心新たに前進し始める時期でもありますが、この4月から私たちの身の周りでは、生活経済や制度、金融に関する様々な変化がありました。

帝国データバンクによれば、価格は同じでも内容量を減らす実質的な値上げを含めると値上げされる食品は2806品目に上るとのことです。

また、働き方にも見直しが入り、運送業、建設業、医師の3つの業種で、時間外労働の上限規制が始まり、長時間労働が是正される一方で、労働時間の減少によって物流や地域医療などに支障が生じるとされる「2024年問題」への対応も迫られるようになりました。

そして、金融の分野においても大きな変化が起きています。

日銀がマイナス金利の解除を決めたことを受けて、三菱UFJ銀行は普通預金の金利を引き上げると発表しました。この銀行が普通預金の金利を引き上げるのは日銀が最後に利上げを行った2007年以来、およそ17年ぶりのことです。

三菱UFJ銀行は4月21日から、現在の年0.001%の普通預金の金利を20倍の年0.02%に引き上げるとしています。また、三井住友銀行も4月1日から普通預金の金利を現在の年0.001%から年0.02%に引き上げることを決め、みずほ銀行、三井住友信託銀行、りそな銀行も普通預金の金利引き上げを予定しています。こうした大手銀行による預金金利の引き上げは、日銀が3月19日に決定したマイナス金利解除を受けてのものです。

そこで今回は、以下の記事を取り上げ、解説していきたいと思います。

『日銀が17年ぶり利上げ決定、世界最後のマイナス金利に幕-YCC廃止』(出典:Bloomberg)

キーワードは『マイナス金利政策』です。

(今回のキーワード)

『マイナス金利政策』

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2.「マイナス金利政策」とは?

様々なメディアで報道された通り、日銀は3月19日、金融政策決定会合で大規模な金融緩和策の流れの中にあった「マイナス金利政策」を変更することを賛成多数で決めました。

具体的には、2016年1月の導入以来、柱となってきた「マイナス金利」を解除したのです。マイナス0.1%としていた政策金利を0~0.1%程度(無担保コール翌日物レート)に引き上げ、長期金利を低く抑え込むための長短金利操作(イールドカーブ・コントロール・YCC)や上場投資信託(ETF)などリスク資産の買い入れの終了も決めました。

日銀による利上げは2007年2月以来、約17年ぶりのことです。

そもそもマイナス金利政策とは、2%の物価目標の達成が見通せない中、2016年1月に金融緩和政策をより強化するために日銀が歴史上、初めて導入した金融政でした。

日銀が金融機関から預かる当座預金の一部にマイナス0.1%の金利をつけることで、銀行が当座預金を積み上げていくと損をする状況を生み出し、金融機関が世の中にお金を回すよう促す狙いがありました。その結果、企業への貸し出し金利や住宅ローンの金利は大幅に低下しました。

ただ、経済の好循環から生じる物価の上昇、いわゆる良いインフレを生じさせることはできないままの状態が続いていました。

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3.マイナス金利はデフレ脱却のための金融緩和政策の流れで実行

このマイナス金利政策の導入は、ずっとデフレ下にあった平成の後期、2013年から始まった大規模な金融緩和政策の流れの中で実行されました。

デフレは物価が下がると同時に貨幣そのものの価値が上がることを意味し、デフレ下では現金(キャッシュ)や預貯金のままでお金を持っていても、実質的にはお金が増えていくという現象が生じていました。ですので、何もしなくてもお金の価値が上がってくれる時代が続いていたのです。

そうした状況が続くと、消費や投資にお金が流れにくくなり、経済の好循環は生まれず、日本経済は縮小の途を辿っていくことになります。一度デフレ社会に陥るとなかなか抜け出すことはできません。

そこで、停滞する日本経済、縮小し続けるデフレ社会から脱却することを目的に「アベノミクス」と呼ばれる経済政策が実行されました。「デフレ脱却」を目標に掲げ、不景気の悪循環を抜け出すために緩やかなデフレから(第2回で解説した)ディマンド・プル・インフレへと変化させる道筋を描いたのです。そのアベノミクス政策の根幹にあったのが、日銀による大胆な金融緩和政策でした。

世の中にお金を供給することで、消費者の需要を喚起し、モノが売れるなかで企業の売上も増え、物価も上昇する「良いインフレ」社会を目指したのでした。この分野の研究に関しましては、私の著書『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊) でもまとめていますので、ご参考までにご一読いただけましたらば幸いです。

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4. 「アベノミクス」は本質的な経済の好循環につながらず

この大規模な金融緩和政策のもと、日銀が積極的に大量の資金(マネー)を市場に供給した結果、株高や円安など一定のインフレ期待が生じ、金融市場において変化の流れが出てきましたが、本質的な経済の好循環にはなかなか繋がりませんでした。

消費者の需要が高まり、企業の売上が増え、販売価格も上昇し、従業員のお給料が増えることから、さらに消費者はモノを買うようになり、商品がたくさん売れて企業の売上が増える...というような好循環の中で起こる「景気拡大の中で起こるインフレ」を発生させることができないままだったのです。

モノが売れるためには、私たち消費者の所得が増え、買いたいものが買えるようになる必要があります。所得が増え、モノが売れやすくなる中での「物価高」であれば、企業の売上向上にも繋がり、景気が上向く流れに結びつきます。

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5.今年の春闘は経済の好循環に弾みをつける好スタート

社会全体がそうした経済の好循環を目指しているからこそ、企業も今年の春闘で物価を上回る賃上げを目指し、基本給を底上げするベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた賃上げ率について、5.28%(第1回集計)という回答を出しました。

この回答は、昨年同時点の3.80%を上回り、過去の最終集計との比較では1991年(5.66%)以来33年ぶりの水準となりました。また、日本社会の全従業員数の7割を占める中小企業の賃上げ率も4.42%(第1回集計)に達し、32年ぶりの高水準となりました。

今年の春闘は大企業も中小企業も物価高に見合うだけの「賃上げ」を着実に実行できるのかどうかに注目が集まっていましたが、物価と賃金が持続的に上昇する好循環に弾みをつけるスタートを切ることができました。

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6. 日銀がいよいよ金融政策の正常化に向けて動いた

日銀の植田和男総裁もマイナス金利を解除し17年ぶりの利上げに踏み切った理由について、春闘の第1回集計が政策判断の「大きな材料になった」としており、「賃金と物価の好循環の強まりが確認されてきている」と説明しています。

ただ、マイナス金利を解除したとは言え、あくまでも一部に適用されてきたマイナス金利の解除であり、今回の決定は大きな変更ではないとの見方もあります。

一方で、金融政策におけるメッセージ性という点では、2013年4月から続いてきた大規模な金融緩和政策が出口に向かいが始めた方向転換として大きな意味があり、ゼロ金利を脱するのは今年の秋頃との見方も出てきました。

そもそも金利のある世界は金融政策の「正常化」と呼ばれますが、いよいよ正常化に向けて動き出したことになります。つまりこれまで続いてきた異次元の金融緩和政策やマイナス金利政策は異常な世界であったということです。

果たして、異常から正常に戻る流れの中で、金利の上昇に伴い金融市場や家計、企業活動にどのような変化が生じるのか...。

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7.金融政策の変化は一長一短の結果となる可能性

この変化は一長一短の結果となることが予想されます。

利上げ転換の中で円安が是正されれば、企業の輸入コストが削減され、収益改善に繋がります。また、金融機関においては金利の利鞘による収益向上に繋がるケースもあるでしょう。

一方、債務を抱える政府や政策金利に敏感に連動する借入金利上昇の影響を受ける企業の資金調達面では逆風であると言えます。

また、変動金利型住宅ローンの利用者にとっても金利上昇は不安材料となってきます。

マイナス金利解除がもたらす今後への影響は、全て私たちの自分ごとになりますので、継続的にニュースを追っていく姿勢が大切です。このコラムにおいても継続的に取り上げていきたいと思います。

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鈴木ともみがキャスターを務める『WORLD MARKETZ』(東京MXテレビ・ストックボイスTV)は平日夜22:00~23:00生放送(鈴木ともみは月曜日担当)。最新のグローバルな金融経済ニュースをリアルタイムでお伝えする国際金融報道番組。
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著者:鈴木ともみ

経済キャスター、国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、日本記者クラブ会員記者、ファイナンシャル・プランナー。
埼玉大学大学院人文社会科学研究科経済経営専攻博士前期課程を修了し、経済学修士を取得。地上波初の株式市況中継TV番組『東京マーケットワイド』『WORLD MARKETZ』、『Tokyo Financial Street』(ストックボイスTV)にてキャスターを務める他、TOKYO-FM、ラジオNIKKEI等ラジオ番組にも出演。NIKKEI STYLE、マイナビ、FinTech Journal、日経QUICK等にてコラムを連載。国内外の政治家、企業経営者、ハリウッドスター等へのインタビュー多数。主な著書『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)『資産寿命を延ばす逆算力』(シャスタインターナショナル刊)。

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