「転職エージェント」をテーマに、毒舌な敏腕キャリアアドバイザー来栖嵐と、求職者として来栖のサポート受けながら新たなキャリア形成を目指すヒロイン未谷千晴の2人を中心にさまざまな人間ドラマが展開されるテレビドラマ『転職の魔王様』。
その原作者である作家の額賀澪さんに、転職エージェントを題材にしようと思った理由や魅力あふれる登場人物たちの誕生秘話など、原作者だからこそ明かせるお話を語っていただきました。
1. 『転職の魔王様』原作誕生の背景
――『転職の魔王様』では、"転職"がテーマとなっていますが、なぜこれをテーマにしようと思ったのですか?
私の場合、小説を書こうと思ったら、まずは題材となるものを決めた上でイメージを膨らませ、それが作品として成立するかを検討した後にスタート、という手法を採ることが多く、この作品も同様に題材から創作を開始したケースです。
実は当初、転職ではなく「就活」をテーマにすることを前提に企画会議に臨んだのですが、出版社の担当さんたちと打ち合わせを行う中で、新卒学生が主たる当事者である就職活動に対し、転職はすべての社会人が当事者となりうる点でより多くの世代に響くであろう、ということで転職をテーマにした経緯があります。
――主人公の未谷千晴と同じく、額賀先生も新卒で広告代理店に入社してキャリアをスタートさせたということですが、実は未谷千晴と同じ苦悩や挫折を味わってきたのでは?
私も千晴と同じく広告代理店に就職しましたが、比較的ホワイトな会社だったので、千晴のような理不尽さに直面するということはありませんでした(笑)。
しかし、新人時代は、確固たる実績がない中で、"自分の居場所"を作っていかなければならないというある種の強迫観念に囚われ、そこに苦悩を感じていたことも事実です。学校での勉強と仕事での実践はまったくの別物で、学生時代の勉強が仕事でピンポイントに役立つ場面というのはそう多くはありません。そんな中で自分の居場所を確保するためには結局勤勉さでカバーするしかなく、毎日残業して他人より頑張っている姿を見せることで居場所を作っているような時期でした。それは作中序盤の千晴の苦悩とも通ずる部分であり、そういった意味では、私自身の社会人経験と千晴を重ね合わせている部分はあるかもしれませんね。
2.これまで注目されてこなかった「転職エージェント」という題材
――『転職の魔王様』では、「転職エージェント」というこれまでの小説やドラマで注目されてこなかった職業にスポットを当てていますが、その理由は?
当初のプランでは大学の就職課の職員を主人公にしようと思っていたんですよ。
大学のキャリアセンターに主人公にあたる人物を置き、そこを舞台にいろいろな就職観やキャリアビジョンを持つ学生たちと接していく中で生まれていくドラマを描こう、ということをぼんやりと考えていました。
それが担当の編集者さんとの打ち合わせを重ねる中で「転職」を題材にしようということになり、その流れで必然的に転職エージェントという存在が浮かび上がってきました。
実はそうした理由に加え、当時転職活動中だった私の友人からもたらされたエピソードも転職エージェントをテーマとした大きな理由の一つです。
その友人は、当時転職エージェントを使って転職活動を行っていたことで話を聞かせてもらったのですが、その口から真っ先に発せられたのが「こちらが何をやりたいのか明確にしないと転職エージェントも的確な導きを行えない」という言葉でした。
作中序盤で、転職エージェントのキャリアアドバイザーである来栖が、求職者である千晴に「あなたはどうしたいの?」「あなたが決めるんだよ」ということを何度も強調していますが、実はこういった描写は、その友人からのヒアリングが元になっています。
余談ですが、私が広告代理店に勤めていたときは、大学をメインクライアントとして広告を作っていたのですが、実は大学進学はマイホームや自家用車購入と同じくらいお金がかかる大きな買い物であり、人々の中にはそれを決断するにあたっての迷いや葛藤があるということを常々感じていました。そういった人間ならではの心理や感情を描くこともこの作品を執筆するにあたってのテーマの一つとなっています。
3.杖と毒舌が特徴の「魔王様」誕生秘話
――この物語の中で圧倒的な存在感を放つ来栖嵐は、なぜ「魔王」と呼ばれているのですか?
『転職の魔王様』というタイトルですが、これは初期の段階で考えていたいくつかのタイトル案の一つです。企画段階ではいくつものタイトル案がありましたが、最終的に消去法で「転職の魔王」が残り、いったん、それでプロットを作ってみたら担当さんたちからいい反応が得られたことで決定した経緯があります。
余談ですが、私が創作に着手する際は、多くの場合、タイトルを決めた上で執筆に取りかかっていくことを基本にしています。これは広告代理店時代に学んだセオリーの一つで、最初に企画のコンセプトを明確にすることがすべての起点となる広告制作の手法を小説執筆にも当てはめたものです。
――作中で来栖嵐は杖をついていますが、その理由は?
来栖という登場人物について考える上で、「なぜ、転職エージェントという仕事をしているのか」「なぜシェパードキャリアという会社に在籍しているのか」という背景を自分なりに考える必要があり、その中で「なにか一つ大切なものを失った人間にしたい」という思いがあったからです。恋人との別れでもいいですし仕事を挫折した経験でもいい。それが来栖嵐というキャラクターでは「事故によって杖をつくようになった」というかたちになった。一見するとすごく強くて完全無欠の人間に見えるんだけど、実は内に何かを抱えて生きている――そんな人物にしたいと思い、現在の設定になりました。
――来栖嵐というキャラクターにときおり感じる優しさや人間らしさは、そんな点にもあるのかもしれませんね。
実はプロット段階の来栖嵐はもっと優しい人間として考えていたんですよ。
それを担当編集者さんが将来的なドラマ化を意識して「もっと"カド"の立ったキャラクターにしてみては?」と提案してくれたことで厳しさと優しさのギャップが激しい現在の来栖嵐になった経緯があります。そして小説がドラマ化され、先日オンエアされた第一話で成田凌さん演じる来栖嵐を観ていたら、あらためて「来栖に辛辣なことばかり言わせちゃったな」とそこはかとなく申し訳ない気持ちになりましたね(笑)。
――考案段階とのキャラクターの違いについて戸惑いのようなものはありましたか?
ありましたね(笑)。私の中での来栖嵐はもっと優しく人間味のある人物だったので、第一巻を執筆している最中は「なぜ、この人はずっと毒を吐き続けているんだろう」とどこか違和感がぬぐい去れないまま作業を進めていたというのが正直なところです。
それであらためて自分なりに来栖嵐という人間に迫ってみようと思い、各章の最後に毎回来栖視点の話を入れるようにしました。この作業は作品としてではなく、あくまでも作者が登場人物を理解するためのものとして、後から消すつもりでした。実際、書き終わってから来栖視点のパートはバッサリと削りました。
――それで来栖嵐の全容をとらえることができたのですか?
いえ。実は来栖という人間が完全に理解できた、と感じたのは作品執筆中にたまたま観た『弥生、三月 -君を愛した30年-』という映画の中に来栖と通ずる部分を感じてのことです。その映画の主人公はサッカー選手なのですが、とあることで交通事故に遭ってしまい、脚に障害が残ったことで選手生命が絶たれ、挙げ句に家族も離れていくという展開があり、ふとそこに来栖嵐と重なるものを感じました。映画の主人公は脚が悪くなってしまったことをきっかけに何かを失い、自分から相手を追いかけることができなくなった。来栖も同じで誰かを走って追いかけられないからこそ、言葉を武器にするようになった。そんなことが瞬時に頭の中でつながっていく感覚があり、それによってやっと自分の中で来栖嵐の人物像が明瞭になりました。結果的に各章の"来栖パート"は役目を終え、先ほどお話ししたようにすべて削りました。
4. 「キャラクターにしすぎない」のが創作スタイル
――そんな紆余曲折があったんですね。
他の作品でも、こうした方法で登場人物にアプローチしていくことはよくあります。
それがたとえ主人公以外の登場人物であっても、もっと深層部分に迫りたいと感じたのなら、とりあえずその登場人物が主人公となるパートを書くようにしています。それによってその登場人物の目線を明確に意識できるようになるのです。
もう一つ小説を書く上でのこだわりの一つとして、「人物を描く際、"キャラクターになりすぎない"こと」を意識しています。私の中で「人間」と「キャラクター」との境目に引いているラインがあり、それを超えてしまうと「人」が「キャラクター」になってしまい、私が大切にしている世界観に影響が出てしまうためです。
――「大切にしている世界観」とは?
一言で言えば「現実との地続き感」です。
登場人物をキャラクター側に振ってしまえば、いくらでも突飛な展開を作れますしファンタジーな世界を表現することができることでしょう。特に小説は文字で表現するエンターテイメントですから、制約なしに突飛な展開をいくらでも作っていくことができます。しかし私の場合はどの作品においても"現実世界との地続き感"を大切にしていますから、おとぎ話的な要素は極力入れないようにしています。特に『転職の魔王様』は仕事がテーマとなった話ですからファンタジックすぎる要素はふさわしくない。そんな世界観で成り立っているのが本作品の特徴の一つでもあります。
――それが額賀作品に一貫して根付く特徴であり魅力という訳ですね。
それはありますね。強弱の差こそあれ、これまで書いてきたどの作品においても「現実との地続き感」が根底にあり、その上でストーリーが展開していくような作風を心がけています。
▼額賀澪先生のエッセイ連載も併せてご覧ください。
【関連記事】「【エッセイ連載#1】社会人は懲役刑の始まり?|額賀澪の『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』」
額賀澪(ぬかが・みお)
1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2015年、「ウインドノーツ」(刊行時に『屋上のウインドノーツ』と改題)で第22回松本清張賞、同年、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞する。
著書に、『沖晴くんの涙を殺して』『風に恋う』『できない男』『タスキメシ箱根』『タスキメシ』など多数。
額賀澪 公式サイト
Twitter:@NUKAGA_Mio
ドラマ情報
月10ドラマ『転職の魔王様』
毎週月曜よる10時放送中(カンテレ・フジテレビ系)
【出演】成田凌 小芝風花
山口紗弥加 藤原大祐 おいでやす小田 前田公輝 井上翔太 井本彩花 石田ゆり子
公式HP
公式Twitter: @tenshokumao
公式Instagram:@tenshokumao
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