【エッセイ連載#1】社会人は懲役刑の始まり?|額賀澪の『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』

連載・インタビュー

額賀澪先生によるエッセイ連載『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』の第1回です!

「働きたくないなあ...」「宝くじ当たらないかな...」日々仕事をしていると、多かれ少なかれ、そんなことを思う時がありますよね。
そうは言っても、やっぱり仕事終わりのビールはおいしかったりして、「なんだかんだいって、働くって悪くないな...」そう思う瞬間もあったりしませんか?

この連載では、以前サラリーマンとしても働かれていた経験のある、小説家の額賀澪先生による等身大のエッセイをお届けします。
日々働いている皆さんに、ぜひ肩の力を抜きながら読んでいただければ幸いです。

「先生、働くのが怖いです」

「就職活動したくないです。マ○ナビとリ○ナビの名前を見るのすら怖いです」

そんな話を、現役の大学生にされたことがある。というか、大学で講師の仕事をしていると、しょっちゅう学生からこの手の相談をされる。
ほとんどの学生は就職活動と、その先にある〈働く〉という日々にネガティブなイメージを持っている。怖いし、憂鬱だし、面倒だし、働かないという選択肢があるならぜひそちらを選ばせていただきたい......と思っている。

「先生、僕、早く就職したいんです!お金稼ぎたいんです!」
なんてポジティブなことを言う学生にたまに遭遇すると、「あら、珍しい」と思わず声に出してしまう。
それくらい、私の観測範囲にいる大学生達は働くことを恐れているし、社会人になることにおびえていた。

彼らを指導する立場の講師としては「そんなことないよ」と言いたいところなのだが、毎度上手い返しができるかというと、そう簡単でもない。
「マ○ナビとリ○ナビね!先生も大学生の頃は名前を見るたび憂鬱だったよ!」
なんて乗っかってしまうことも結構ある。

post1414_img1.jpg

「悪いこと言わないから就職しておきなさい」

エッセイ連載の初回なので、まずは自己紹介がてら私自身の話をしようと思う。

私は普段、小説家として働いている。ときどき大学で講師もしていて、小説を書きたいという学生を対象に、創作関連の授業をしている。
小説を書き始めたのは小学生の頃で、その頃からぼんやりと「小説家になりたい」と思っていて、大学生になっても大真面目に小説家を目指していた。

そのまま大学を卒業し、「職業・作家志望(という名のフリーター)」が誕生――するかと思いきや、当時所属していたゼミの恩師は黙っていなかった。
「悪いこと言わないから就職しておきなさい」
そうアドバイスされ、嫌々ながらも就職活動をスタート。七転八倒の就活ののち、広告代理店に就職した。

作家デビューをしたのは24歳のときで、しばらくは広告代理店の制作ディレクターをしながら兼業作家として働いた。
33歳の今、広告代理店を退職し、専業作家として活動している。巡り巡って、自分の出身大学で講師もするようになった。

エッセイの冒頭でも書いたとおり、大学をウロウロしていると、学生に就職活動に関する相談をよくされる。
ほとんどの学生は「就活なんてしたくなーい!」という顔をしている。要するにそれは「社会に出て働きたくない」ということでもあった。

学生とそんな話をするたび、思い出すことがある。私自身の学生時代のことだ。

post1414_img2.jpg

人生のゴールデンタイム

「もうすぐ先輩の人生のゴールデンタイムも終わるんですね」
今からおよそ12年前、吉祥寺にある井の頭公園の一角(確か井の頭池にかかる橋の上だった)で、大学の先輩にそう言ったことがあった。

吉祥寺のハモニカ横丁で飲んで、酔い覚ましに公園を散歩していた記憶がある。
私は大学3年生で、先輩は4年生で、季節は2月だった。大学は長い春休みに入っていて、先輩は卒業式を1ヶ月後に控えており、私は就職活動のスタートを目前にしていた。

先輩は大学生活を「人生のゴールデンタイム」とよく言っており、私はそれを受けて「もうすぐ卒業=ゴールデンタイム終了」と言ったのだが、散歩程度ではまったく酔いの覚めていなかった先輩に「そんなこと二度と言うな!」と怒られた。

「働きたくなーい!もう少し大学生でいたいっ」
頭を抱えて地団駄を踏む先輩の気持ちは、自分の卒業が迫った頃、よーーーくわかるようになった。
学生生活は人生のゴールデンタイムで、大学を放り出されたらそれはもう終わり。
あとは、社会人という名の......苦しい思いをしながら必死に働く生活が待っている。

それは大学生にとって、懲役刑の始まりのようなものだと思っていた。

post1414_img3.jpg

働くって、そんなに悪くない

社会人になることを懲役刑のスタートだと思っていた私だったが、33歳となった今ではすっかり仕事人間になっている。
いざ社会人になってみたら、働くというのはそんなに悪いことでもなかったのだ。
学生時代に恐れたような辛いこと、苦しいこと、腹立たしいことはもちろんたくさんあるし、油断するとそれらが頭を埋め尽くしてしまうこともある。

そういうとき、私はよく転職サイトで求人情報を見る。
世の中にはいろんな仕事があるね~この仕事ってこんなに給料がいいんだね~あ、この仕事は私でも応募できる~なんて考えているうちに、意外と「さ、働きますか」という気持ちが湧いてくる。
この習慣が始まったきっかけは、『転職の魔王様』というその名の通り転職をテーマにした小説を書いたことだ。ちなみにこの小説、2023年の夏にはテレビドラマにもなった。読者の皆様にはぜひ見ていただきたい(*正真正銘の宣伝である)

転職に悩む登場人物達を書く中で、日々の労働には嫌なことも大変なことも多いけれど、楽しいことも結構あるのだとつくづく思うようになった。両者を天秤にかけたとき、いい具合に釣り合いが取れてしまうくらいに。
大学で友達とおしゃべりしたり、授業を受けたり、サークル活動をしたり、アルバイトをしたりするのが楽しかったように、労働にも楽しさはちゃんとある。働いているうちに仕事にやり甲斐を見出すようになって、学生時代よりもお金が稼げて、忙しいなりに日々を充実させられることに気づく。

じゃあ、どうして学生時代、あんなに働くことは怖いものだったのか。
それは結局、未知の世界に対する恐怖だったのだと思う。
「働くって、結構楽しいんだよ」なんて話を聞く機会はそう多くないし、むしろ苦労話や愚痴を聞いてしまうことの方が多くて、テレビやネットを見れば働くことに対してネガティブな気分になるニュースの方が大々的に取り上げられて。

そりゃあ、社会に出て働くことが憂鬱になって当然なのだ。
それでも、働くことってそんなに悪いもんじゃないよ。
そんなメッセージをこのエッセイで書けたらいいなと思っている。こんなことを書きながら、実はさっきまで某転職サイトで求人情報を眺めていたのだが。

ゴールデンタイムが終わったら、意外とすぐ、次のゴールデンタイムが始まるのだ。

=============

今後も月1回、更新予定です。次回の連載もお楽しみに!

次の記事を見る >

額賀澪の『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』連載一覧を見る >

▼額賀澪先生のインタビュー記事も併せてご覧ください!

執筆:額賀澪(ぬかが・みお)

1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2015年、「ウインドノーツ」(刊行時に『屋上のウインドノーツ』と改題)で第22回松本清張賞、同年、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞する。
著書に、『沖晴くんの涙を殺して』『風に恋う』『できない男』『タスキメシ箱根』『タスキメシ』など多数。

この記事をシェア

  • facebook
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • X(旧Twitter)

同じカテゴリから
記事を探す

連載・インタビュー

同じキーワードから
記事を探す

求人情報

TOPへ