【エッセイ連載#2】「働きたくない!」を解剖してみる|額賀澪の『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』

連載・インタビュー

小説家・額賀澪先生によるエッセイ連載『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』の第2回です!

前回は、「大学生から社会人になるときの怖さ」についてのお話でした。今回は、社会人であれば誰もが一度は思ったことがあるであろう、「働きたくないなあ」という感情の正体を暴いていただきます。

「働きたくないなあ」と思ったことがある皆さんにとっては、参考になること間違いなし。ぜひ肩の力を抜きながら読んでいただければ幸いです。

「働きたくない」はどこから来るのか?

会社員時代、ことあるごとに「働きたくない」とぼやいていた。というか、小説家になった今でもときどきぼやいている。
社会人となった大学の同期と飲みに行けば、「働きたくない、会社辞めたい、転職したい」とぐちぐちするターンが必ずある。

かといって、本気で会社を辞めようと行動に起こすことはない。転職サイトで求人を見ることはあっても、本当に転職はしない。「働きたくない」と言いつつ、次の日からもなんだかんだ働き続ける。

つい先日、友人と飲んだときも、やはりその話をした。飲み会の話題が「貯蓄」「投資」「健康」「親の老後」「ついでに自分の老後」で占められることが増えても、まだまだ「働きたくない」というテーマも健在なのだ。

ちなみに、私は現在「転職の魔王様」シリーズという転職をテーマにした小説を執筆している。この作品を書いている最中は、こういった社会人の仕事に関する悩みについて、いつも以上にじっくり考えてしまう。
今回のエッセイでは「働きたくない」という気持ちを解剖して、一体この衝動がどこから来るのかを考えてみようと思う。

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お金・人・やりがい=労働の"三権分立"

小説家の仕事は、基本的に「出版社からの依頼」があってスタートする。複数の依頼が同じ時期に来た場合、当然ながら取捨選択をすることになる。
では、どの依頼を引き受けて、どの依頼を断って、どの依頼を優先して進めるか。私はぐだぐだ考えるのが得意ではないので、できるだけ単純な判断基準でジャッジするようにしている。

「その依頼が、①お金、②人、③やりがい、のうち、いくつ満たしているか?」だ。私はこれを勝手に「労働三権分立」と呼んでいる。

① 「お金」はわかりやすい。その依頼を引き受けて得られるお金が多いか。多い見込みがあるかどうか。
② 「人」は、依頼してくる人との関係性だ。信頼できる人であったり、一緒に仕事をしていて楽しいと思えたりする人かどうか。
③「やりがい」は言葉の通り。その仕事にやりがいや楽しさを感じられるかどうか。

①②③をすべて満たしている仕事は、もちろん喜んで引き受ける。そして最優先でやる。
2つ満たしている仕事も、基本的には引き受ける。
1つしか満たしていない場合は、「仕事がなくて暇で暇で困った」という状況なら引き受ける(つまり基本的には断る)。
どれも満たしていない仕事は論外。

この「お金」「人」「やりがい」の労働三権分立について知ったのは、大学時代、就職活動をしていた頃だった。
「給料、人間関係、やりがい、の3つのうち、2つを満たす会社でなら人は働いていける」
という言葉を、誰かから聞いたのだ。
大学の就職支援課のスタッフだったか、就活セミナーの講師だったか、はたまたネットの海で誰かの格言を目にしたのか。
肝心なところを覚えていないのだが、30代になってもこうして仕事をする上での指針になっているから、印象的な言葉だったのだと思う。

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「働きたくない」の正体がわかると気も楽

「お金」「人」「やりがい」の労働三権分立ついては、『転職の魔王様』を書く際に転職について調べている中でも幾度となく目にした。

「給料、人間関係、やりがい、のうち、今の職場が1つしか満たしていないのなら転職を考えましょう。全く満たせていないのなら、すぐに転職しましょう」

そして社会人歴が長くなればなるほど、この言葉の説得力は増していくばかりなのだ。「お金」「人」「やりがい」が、人間の労働意欲を形成しているといってもいい。

お給料がしっかりもらえて、職場の人間関係がよければ、仕事自体にやりがいがなくてもそれなりに楽しく働くことができる。
信頼できる人とやりがいのある仕事ができるなら、高額な報酬がもらえないとしてもそれなりに楽しく働ける。

つまり、「働きたくない」という衝動が湧き起こるのは、この労働三権分立のバランスが崩れた合図なのだ。
それは転職しなければ解決できないような大きな問題のこともあるし、「今関わっているプロジェクトの人間関係がギスギスしている」「新しく任された仕事になかなか慣れず、〈やりがい〉より〈辛い〉が勝っている」という具合に、短期的に「お金」「人」「やりがい」のバランスが崩れているという場合もあるだろう。

もちろん、「どれだけ給料がよくて人間関係がよくても、やりがいのない仕事なんて言語道断だ!」という人もいる。「給料がよくて人間関係も良好なら、やりがいなんて自然と湧いてくる」という人もいるはずだ(何故なら私は完全にこのタイプだから)。
心身ともに平穏に働くという意味では「お金」「人」「やりがい」のうち2つをいかに満たすか、満たせなくなったら満たせる状態にどう持っていくか。それが大事なのかもしれない。

2つが満たせなくなったとき、私達は漠然と「働きたくない」と思う。「働きたくない」といいつつ、いずれまたバランスが整う日が来るはずとぼんやりわかっているとき、転職サイトを覗くことはしても実際に転職まではしない――という状態になる。
何だかんだいいながら、今の仕事や職場に多少は希望を持っているし、多少は期待もしているということなのかもしれない。

私もふとしたときに「働きたくないな~すべての〆切をブッチして逃亡しようかな~」と思うときがある。そうは言いつつ、仮に「仕事をしなくていい一週間」を手に入れたとしても、やることがなくて働いてしまうのだろうけれど。
このエッセイは、そんなときのための備忘録として残しておこうと思う。ネガティブな感情は、「その感情はどうして発生するのか?」がわかっていると、意外とたいした問題ではないと気付くものである。

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今後も月1回、更新予定です。次回の連載もお楽しみに!

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▼額賀澪先生のインタビュー記事も併せてご覧ください!

執筆:額賀澪(ぬかが・みお)

1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2015年、「ウインドノーツ」(刊行時に『屋上のウインドノーツ』と改題)で第22回松本清張賞、同年、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞する。
著書に、『沖晴くんの涙を殺して』『風に恋う』『できない男』『タスキメシ箱根』『タスキメシ』など多数。

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