【エッセイ連載#5】若者はなぜ会社を辞めてしまうのか|額賀澪の『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』

連載・インタビュー

小説家・額賀澪先生によるエッセイ連載『転職する気はないけど求人情報を見るのが好き』の第5回です!

2023年夏に放送された、成田凌さん・小芝風花さんらが出演のドラマ「転職の魔王様」はご覧になりましたか?原作となった額賀先生の小説ですが、2025年2月に続編が発売されます。

今回のエッセイでは続編執筆にあたっての裏話も含め、「若者の転職」について書いていただきました。ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。

転職の魔王様、ふたたび

このエッセイを連載することになったきっかけは、2023年夏に放送された『転職の魔王様』というドラマである。
私はこの作品の原作者で、ドラマの放送に合わせてCANVASから取材を受けた。それが巡り巡って、現在はこうしてエッセイを毎月書いている。

ドラマ版が好評だったこともあって、2025年2月12日にはシリーズ第3弾『転職の魔王様3.0』が発売されることになった。せっかくなので、今月のエッセイはこの話をしていきたい。

2~3月、転職活動が活発になる季節ともいわれているから、そういう意味でもピッタリだろう。

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転職にベストな季節は2~3月?

「転職の魔王様」シリーズを書き始めて学んだことだが、一般的に2~3月は「転職にベストな季節」とされている。
新年度に備えて採用活動に注力する企業が増え、求人数が増加すると同時に、4月から心機一転新しい環境で働きたいという求職者側の思いがマッチして、転職活動が活発になるというわけだ。
同じような流れが8~9月にも発生するのだが、年末年始を転職の準備期間にあて、満を持して転職活動をすることができる2~3月が「転職にベストな季節」となるらしい。

「えー、本当? それって転職サイトや転職エージェントが転職活動を後押しするために上手いこと言ってるだけじゃない?」

などと思ってしまう人もいるかもしれない。
しかし、私が「転職の魔王様」シリーズを執筆するにあたって取材した転職経験者達を振り返ってみると、多くが2~3月頃に転職活動をしていた。

12月に冬のボーナスをもらい、年末年始の休暇を迎え、帰省して両親と過ごしたり、久々に友人と会って食事をしたり......仕事を離れてホッとひと息ついたとき、「自分のこれから」について考えてしまう。新しい年を迎えておめでたい雰囲気だからこそ、そういう気分になるのだろう。
今の職場に対する不満や、将来への不安を感じて、転職について想いを馳せる。1月の仕事始めを迎えて「辞めたい」「新しい職場へ行きたい」という気持ちが大きくなり、2月に転職スタート――そんな流れがあるのかもしれない。

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若者よ、なぜすぐ会社を辞めるのか

「転職の魔王様」シリーズを書く際、一話ごとにテーマを決めてストーリーを考えるようにしている。

例えば、
「仕事のやりがいはあっても職場のノリに馴染めない人の転職活動」
「能力はあるのに一つの会社で長く働き続けられない人の転職活動」
「アラサーだけど未経験業界へ行きたい人の転職活動」
......などである。

これらのテーマは、担当編集との打ち合わせで、互いの身の回りの話題から引っ張り出すことが多い。知り合いが転職したとか、職場でこういうことがあったとか、上司がこんな話をしていたとか、そういう世間話からテーマを見つけていくのだ。

『転職の魔王様3.0』もそうやっていくつかのテーマを集めて1冊の本にしたが、その中でも特に熱いテーマだなと思いながら書いたのが、「若者よ、なぜすぐ会社を辞めるのか」だった。

もしかしたらこのエッセイの読者の中にも、職場で同じことに頭を悩ませている人がいるかもしれない。

「新卒入社の子に優しく丁寧に、残業もさせずに仕事を教えていたのに、ある日突然『辞めます』と言い出した......」

そんな話を、ここ数年でそれはもう、よく聞くようになった。
「労働環境も人間関係も最悪な職場から若者が早々に離れていく」ということではなく、「貴重な人材として大事に育成しようとしているのに、なぜか若者が離れていく」というパターンに困惑している30代以上の会社員達、という構図がとても多い。皆さん揃って「わからん......若者がわからん......」と言う。

十年ほど前は、私も私の友人もここでいう「若者」と呼ばれる立場で、現在はそんな若者達を指導する年齢になった、ということも影響しているだろう。

『転職の魔王様3.0』を書くにあたり、「若者よ、なぜすぐ会社を辞めるのか」について随分考えた。

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誰も悪くないという難問に向き合ってみた

幸運なことに、私は大学で講師をしている。同世代~上の世代が困惑して扱いに困っている「若者」を、先生の立場で間近で見ることができる。なんなら現役学生の就職活動の相談、卒業生の転職の相談までしょっちゅう受ける。

そこでつくづく思うのは、同じ平成生まれとはいえ、私の世代(1990年前後生まれ)と彼らの世代(2000年以降生まれ)では、「会社」という存在への信頼感がまるで違うのだ。

1990年生まれで2013年に新卒入社した私にだって、「会社が定年まで自分の人生を面倒見てくれる」という感覚はなかった。転職ありきの社会人人生というのを、ある程度覚悟していた。

ただそれでも、私が入社した頃は、「20代の間、会社で踏ん張って仕事をすれば、何かしらのキャリアが積み上がる」という多少の信頼感が、会社に対してあったと思う。「新卒入社した会社でとりあえず3年働け」「3年もたないなんてどこへ転職してもやっていけない」などと言われていたくらいだ。

2000年以降に生まれた若者達、この〈多少の信頼感〉がない。というか、会社というものも、上司というものも、基本的に当てにしていない。誰かが自分のキャリアのサポートをしてくれるなんて、まるで考えていないのだ。

入社した会社の労働環境がよかろうと悪かろうと、人間関係が良好だろうと最悪だろうと、「ここにいても自分のキャリアにプラスにならない」と考えたら、すぐに「軌道修正=転職しないと」と考える。
ハラスメントをしてくる上司に幻滅するのと同じように、自分を育てる気のない上司や、仕事はできないし意欲も感じられない上司にすぐに幻滅する。

なぜなら、「僕達は自分のキャリアに危機感を持ってちゃんと行動していかないと、絶対に不幸になるし、不幸になっても誰も助けてくれない」と、彼らはよくわかっているのだ。

「すぐに転職しちゃう若者」を責めることもできないし、かといってそれが上の世代の怠慢かと言われると、そうとも言い切れないわけで、困ったものだ。
巨悪がはっきりしている問題は解決策も簡単に編み出せるけれど、どこにも悪者がいない問題の方がどうしたって多く、すっきり解決するのも難しい。

そんなことをぐるぐると考えながら書いたのが、『転職の魔王様3.0』なのである。
キャリアに危機感を抱いて焦る若者と、若手に困惑している上司達。両者が歩み寄るきっかけになれば......とても嬉しい。

【額賀先生の新刊】「転職の魔王様3.0」
著者:額賀 澪
出版社:PHP文芸文庫
発売日:2025/2/12
書籍詳細はこちら(Amazon)

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執筆:額賀澪(ぬかが・みお)

1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2015年、「ウインドノーツ」(刊行時に『屋上のウインドノーツ』と改題)で第22回松本清張賞、同年、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞する。
著書に、『沖晴くんの涙を殺して』『風に恋う』『できない男』『タスキメシ箱根』『タスキメシ』など多数。

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