被害をださない、加害者にならないーー管理職が知っておくべき職場のハラスメントとは
セクハラやパワハラをはじめとする職場の「ハラスメント」問題。部下やチームのメンバーがいきいきとパフォーマンスを発揮できる環境を整えるには、ハラスメントを「しない」「させない」「見過ごさない」ことが重要です。職場で起こりがちなハラスメントについて正しく理解し、対策法を知っておきましょう。
「そんなつもりじゃなかったのに」――気づかぬうちにハラスメントの加害者に!?
近年、ハラスメントに対し、社会の厳しい目が向けられるようになり、これまで我慢をしてきた人たちが声を上げるケースが増えています。今年6月には「パワハラ防止法」が施行され、パワーハラスメントの防止対策が事業主に義務付けられたばかり。こうした動きは、今後ますます加速していくでしょう。
職場にハラスメントが存在すると、安心して働くことができず、メンバーのメンタルヘルスが損なわれます。部下やチームの仲間が意欲を持って働き、パフォーマンスを発揮できる環境を整えるには、ハラスメントを「しない」「させない」「見過ごさない」ことが何より大切です。
そもそもハラスメントとは、「嫌がらせ」や「いじめ」の行為を指す言葉。"自分はそんな幼稚なことはしない"――そう思う人も多いはず。ですが実は、自覚のないままハラスメントの加害者になっている場合も少なくありません。
"部下のためを思い、朝礼の時にみんなの前でミスを厳しく叱責した" "親しみを込めて、男性部下に容姿に因んだあだ名をつけた"――こうしたケースは決して珍しい光景ではありません。なかには、"身に覚えがある"という人もいるのではないでしょうか。たとえ本人に悪気がなくても、相手に不快感や恐怖を抱かせたり、不利益を与える、尊厳を傷つけるような言動があれば、それはハラスメントとしてみなされます。
本来、部下の心の健康を守るべき立場の管理職が、それを踏みにじっては本末転倒。こうした事態を防ぐためにも、ハラスメントに対する正しい認識を持つことが重要です。
「指導」と「パワハラ」の違いはどこにある?
まずは、職場で起こる主なハラスメントについて知っておきましょう。
パワーハラスメント
管理職としてもっとも知っておくべきハラスメントが、パワハラです。パワハラとは、職位や地位、人間関係など、職場での優位な立場を背景に、精神的・身体的なストレスを与える行為のこと。厚生労働省が定義するパワハラのポイントは以下の3つ。
1、職務上の地位や人間関係など、職場内の優位性を背景にしたもの
2、業務上の適正な範囲を超えている
3、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる
どういったケースが該当するのか、具体例をみていきましょう。
例)
・みんなの前で厳しく叱責したり、恥をかかせる
・先輩や上司の立場を盾にして、膨大な量の仕事を押し付ける
・目の前で机を叩く、大声を出すなど、相手の恐怖心を煽る
・「役立たず」「給料泥棒」などの暴言をはき、精神的な苦痛を与える
・周囲の人とコミュニケーションがとれないように、別室に隔離して作業をさせる
・強制的に自宅待機を命じる
・必要な教育を行わないまま、対応できないレベルの業務目標を課し、達成できないと厳しく叱責する
・意に沿わない、気に入らない部下に対し、"仕事を与えない""必要な会議に参加させない"などの嫌がらせをする
・私的な用事を命じたり、プライベートをしつこく詮索する
ちなみに、「職場での優位性」は、上司から部下といった上下関係に限りません。同僚同士や部下から上司に対するパワハラも存在します。例えば、専門知識を有する人が、そうでない同僚に対し、「こんなことも知らないの?」とバカにするような発言をして相手に苦痛を与えるなどのケースがパワハラに当たる場合もあります。
管理職として悩ましいのは、"部下への指導"と"パワハラ"の境界線ではないでしょうか。"自分の指導がパワハラに当たるのではないか"...そんな戸惑いの声も聞こえてきそうです。
踏まえておくべきポイントは、「業務上、適正な範囲か」をジャッジした上で行動に移すこと。その指導は仕事上で本当に必要か、苛立ち紛れの行動になっていないか、過剰になっていないか、相手が恐れを抱いたり、嫌がっていないか、相手の成長や職場の利益になるかーーこうした点を自問してみましょう。ひとりで判断するのが難しい場合は、上司に相談したり、担当部署に共通認識をたずねておくのも有効です。
セクシャルハラスメント
職場での性的な嫌がらせのこと。働く人の意に反するような性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること。セクハラというと、男性が女性に対して行なわれる嫌がらせというイメージが強いですが、実は性別に関係なく、女性から男性に対するものや同性間でも存在します。
例)
・優位な立場を背景に、体を触ったり、過剰なスキンシップをする、性的な言葉を浴びせる
・「もっと短いスカートを履いたほうがいい」などと強要する
・男性に対し、"今日は彼女とデート?何をするの?"としつこく詮索する
・相手が嫌がっているにもかかわらず、"彼女作らないの?"とたずねる。
・"すごい筋肉だね"など、相手の体を触る。
・同性に対して、"なんで結婚しないの?"と執拗にたずねる
・周りの独身男性と無理やりくっつけようとする(独身ハラスメントと呼ばれることも)。
いずれも個人のプライベートに踏み込んだデリカシーのない発言や行動で相手を傷つけるものは、セクハラとして捉えられる可能性があると知っておきましょう。
では、自分がセクハラの被害を受けた時にはどうすればいいか。"場の空気を悪くしたくないから"と、軽く受け流したり、愛想笑いでごまかす人もいますが、事態は改善しないばかりか、エスカレートするケースも少なくありません。こうした場合、毅然とした態度で、その行為がセクハラに当たることを冷静に伝え、それでも改善が見込めないなら、人事やハラスメントの対応部署に相談しましょう。その際に、相手の発言や行動を記したメモやボイスレコーダー、スマホの録音データがあれば、明確な証拠になります。ひとりで抱え込まないことが大切です。
マタニティハラスメント
妊娠や出産、育児、またはそれに関する制度を利用することに対し、労働の環境を阻害するような言動や嫌がらせなどを行うこと。産休や育休から復帰した際に、不当な配置転換を行ったり、降格させるなどの行為もマタハラに当たります。
例)
・妊娠した途端、降格や自宅待機を迫られる
・育休復帰後、望んでいない部署にいきなり配置されたり、遠方への転勤を命じられなど、左遷のような扱いを受けた
・時短勤務をさせてもらえない
・子育て中だからという理由で、チームから外されたり、役職を下ろされる
女性活躍推進により、こうしたケースは以前と比べて少なくなっているものの、企業によっては、育児を優先することで暗黙の"戦力外通知"を受けるというケースもいまだ存在します。
本来、妊娠・出産・育休等を理由に、降格などの不当な扱いを行うことは、法律で禁じられています。まずは、社内で対応する部署や担当者に相談してみましょう。
ジェンダーハラスメント
「女性なのに気が利かない」「男性のくせに男らしくない」など、性に関する固定概念や差別意識にもとづいた言動により、相手を傷つける行為のこと。また最近では、性的指向やジェンダーアイデンティティに対し、精神的や肉体的な嫌がらせを受けることを指す「SOGIハラスメント」という概念も登場。LGBTなど性的マイノリティの人たちへの差別がないように認識を高めておく必要があります。例えば、「あの人、オカマっぽくて気持ち悪いよね」などと嘲笑の対象にしたり、彼女がいない男性に対して「もしかしてホモなんじゃないの?」とからかうなどの行為は禁物。そうした場面に遭遇したら、そっと話題を変えて対処するのもひとつの方法です。
職場は、多様な価値観を持つ人が集う場所。個人の価値観や違いを尊重しよう
そもそもなぜハラスメントが起きるのか。背景にあるのが、個人の認識や価値観の違いです。自分や周りにとっての"普通"を、すべての人の共通認識だと勘違いしてしまう。そもそも職場は、様々なバックグラウンドを持つ人が集う場所であり、考え方や感じ方などの価値観、不快だと感じる境界線も違います。自分の何気ない行動が、誰かを苦しめることもあることを心得ておきたいものです。
加えて、相手との距離感や信頼関係なども大きく関わってきます。目に見えるものではないだけに、手探りになる部分もありますが、相手の気持ちに思いを馳せ、個のコミュニケーションを大切にすることが、ハラスメントを生まない環境につながるはずです。
▶︎ プロフィール
西尾英子
大学卒業後、男性総合誌で8年間編集に携わった後、フリーライターとして独立。主に女性誌やビジネス誌、書籍を中心に、女性の生き方や働き方などを執筆。これまで数多くの著名人やビジネスパーソンなどを取材。