お守りにしたい一冊「こまどりたちが歌うなら」著者寺地はるな先生インタビュー(後編)--失敗を繰り返すのが人間らしさ

連載・インタビュー

前職での人間関係や理不尽な扱いに疲れ果て、従兄弟の吉成伸吾が社長を務める大阪の小さな製菓会社「吉成製菓」へと転職してきた小松茉子。彼女を主人公に、そこで働く人々のさまざまな人間模様を描いた小説「こまどりたちが歌うなら」が発刊されました。

《前編》では、その作者である寺地はるな先生に本作品の誕生背景や、会社員時代のエピソードなどについて語っていただきました。《後編》では、寺地先生の創作スタイルや、仕事観などについてお聞きしました。

【著者プロフィール】寺地はるな(てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。2023年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞。『大人は泣かないと思っていた』『カレーの時間』『白ゆき紅ばら』『わたしたちに翼はいらない』など著書多数。

「仕事」だけではなく「働く人々」の"生活"も描いた

――「こまどりたちが歌うなら」の主人公茉子と、寺地先生の共通点はありますか?

茉子も私も「夢の職業に就いた訳ではない」ことですね。

「夢の職業に就いた」とか「幼いころからの夢を叶えました」みたいな感じではなく、私も茉子もどちらかと言えば生活のための労働を選んでいる点はかなり深い部分で共通していると思います。「やりがい」や「自己実現」といった成長要素のためでなく、あくまでも自分の生活があって、それを支えるために会社と仕事を選んだ感じですね。

それだけに、家族との触れ合いやスーパーでの買い物など、「生活感」を色濃く感じさせるシーンがいくつも出てきます

――確かに主人公の茉子は毎日自転車で通勤し、仕事終わりに和菓子屋を買って帰ったり、スーパーにお使いにいったり、自宅で両親と団らんしたりと、仕事を離れた部分での生活風景が色濃く描かれているのが作品の特徴にもなっていると感じます。

「会社」や「仕事」をテーマとした小説ですと、どうしても社内で起こり得ることだけに比重が傾きがちですが、人間って働きもすれば恋愛もするし、友達と会って息抜きもする。いずれも仕事と同じくらい価値のあるもので、そうした要素が集まって一人の人間を形づくっていると思うので、生活の部分までしっかり書く必要がありました。

「こまどりたちが歌うなら」は仕事がテーマではありますが、私が書きたいのはあくまでも人間。ですので仕事を離れた部分までしっかり描いたつもりです。

――「人間を書きたい」という動機はなんなのでしょうか?

一番興味がある対象が人間だからです。

小説を書き始めてから、人と接するなかで「この人の発言の真意はどこにあるんだろう」という心情の部分にまで考えが及ぶようになり、さらに何年か前から、漠然と「よく生きたい」という気持ちが強く芽生えてきました。そして「"よく生きる"ってどういうことだろう」という自問を繰り返していくことがある種の娯楽みたいな感覚になってきて、そこにちょっとした心地よさのようなものを感じるようになったのです。

つまるところ、私は何かについて「こうかな」と考えるのが好きな人間であり、だから小説も自然とあるがままの人間を描く内容になっていくのだと思います。

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物語としての盛り上がりよりも、自然な人間の姿を描きたい

――吉成製菓での人間関係もドラマのような「綺麗なストーリー」というよりは「リアルな人間関係」に重きが置かれていますね。

ダメな人たちが集まっている会社に、突然正しい価値観を持った主人公が現れてさまざまな問題を解決していく、という物語もある種のカタルシスがあって気持ちいいとは思うのですが、私が書きたいのは自然な人間の姿であり人生です。

主人公以外の登場人物にも自分の人生があって、プライベートがある。主人公に助けられるのを待っている「その他の人」ではなく、自分の人生を生きている人だから、主人公が知らない間に問題が解決していたりもするし、状況が変化していたりもする。私にとっては、そういったストーリーの進み方が一番自然だと感じていて、物語としての盛り上がりよりも、人間の自然な姿を書き出せたらいいな、という気持ちでこの作品と向き合っていましたね。

――確かに主人公の友人である満智花(みちか)もプライベートに問題を抱え、心の葛藤を抱えていましたが、結局は自分自身で立ち直っていきましたね。

そうですね。主人公が働きかけた、というよりは自分で気持ちに整理をつけて一歩前へ進んでいきました。

一般的には、満智花が深刻な状況に陥り、疲弊しきったところを主人公である茉子が助け出す、というのが一番盛り上がる展開なのかもしれませんが、私の中で「それはなにか違う」という思いがあります。小説はフィクションであるがゆえ、すべて現実には起こり得ないことで構成してもいいのですが、自由さがあるからこそ、自分があり得ないと思ったことは書いてはいけないと私は思っています

「フィクションを書く」ことと「嘘を書く」ことはまったくの別物だという線引きが私の中にあって、「この物語の世界の中であり得ない」と感じたことは書いてはダメなんです。それをしてしまったら自分が自分の小説を信頼できなくなってしまいます。

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失敗を繰り返しながら少しずつ変化していく、それが人間らしさ

――「こまどりたちが歌うなら」を読み始めた当初は、茉子が頼りない社長のお尻をバンバン叩きながら前時代的な就労規則を正し、会社をよりよい方向へ導いていく展開だと思っていました。ですが、頼りない社長のまま話が進んでいきますね。

旧(ふる)いローカルルールや風土が残る会社は決して珍しくはないと思っていて、それを「時代に合わないから」という理由で変えたいと思っても、実は長い年月の中で築き上げられたその会社の最適解だったりするケースもある。ですので、一概に新しいことがいい事だとは言えないと思っています。

今の時代にはそぐわないルールの会社があったとして、会社って人が常に入れ替わるものだから、新しいやり方よりも実はアナログなやり方のほうが仕事を引き継ぎやすい場合もある。「何でもかんでも新しいやり方に変えていくことが正しいわけではない」ということをこの作品を書きながら再確認させられましたね。

それはこの記事をお読みくださっている方々にも言いたいことで、「これが正解」というのはないし、「どの人が一番正しい」というものもない。実はそれが会社であり、仕事なんだよ、ということが伝わるとうれしいですね。

――だからこそリアリティを感じるし、誰も否定されないというか、そこが読み手の支えになるような気がしました。

この作品の登場人物たちは、物語が終わった後でも、きっと似たような失敗を繰り返していくと思うんです(笑)。でも、それは決して悪いことではない。

最近は「なにかによって"気づき"を得る」みたいな言い回しが多いなと思うんですが、気づきを得たからといって、その後の行動がガラッと変わることってあんまりないような気がするんですよ。変化をするには、ある程度長い時間の中で経験を繰り返していくことが必要だと思いますし、それが人間らしさなのかな、と思っています。

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ネガティブな面も含めて「自分」。だからそうした部分も大切にしてほしい

――そんな人間臭い物語の主人公である茉子ですが、寺地先生は物語が終わった後、茉子にどんな人生を歩んでもらいたいと思っていますか?

茉子は27歳で、それほど大きな挫折を経験せずに生きてきた人間です。吉成製菓という新たな環境に飛び込んだことで、「もしかしたら自分って視野が狭いのでは?」と思い始めたり、幼馴染の社長から「きみはたまに、ぞっとするぐらい残酷やな」と言われて動揺したりと、自分の価値観や物事の考え方に"揺らぎ"が生じはじめたところなので、これからも揺らぎ続ければいいんだと思います。それがリアルな人間ですから

茉子のように、物事に対して一歩引いて考えてみたり、どこか疑いの念をもって物事を見つめたりすることは決して悪いことではありません。世の中には疑うことでしか見えてこないものはいくつもあります。一般的には怒ったり、他人に対してネガティブな感情を抱いたりすることは良くないこととされていますが、それも含めて「自分」なのだから、そういった感情も大切にするべき、というのが私の考えです。

――それは本記事をお読みくださっている社会人の方々にも言えるお話ですね。

人間の成長って階段状でもないし、綺麗な右肩あがりの成長曲線を描いていくわけでもない。私の感覚では、むしろ螺旋状だと思うので(笑)、迷い続けて生きていったらいいと思います。

むしろ迷ったり悩むことをやめないでほしい。「これでいい」「これで正解」と思ってしまうと、そこから先を考えられなくなってしまうので。

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やりたい仕事が見つからないことは、まったく恥ずかしいことではない

――寺地先生はもともと小説家になりたいという夢はあったのですか?

子供の頃から小説家に限らず、夢を抱くことはなかったですね。

だから「将来は何になりたいのか」が全然わからなくて、高校でも進路を決めなきゃいけないという段階でも具体的な目標が全く思い浮かばず、周りの友達がさっさと決めて準備をはじめているのを見て「すごいなあ」と感じていたことを思い出します。

そもそも私が子どもの頃は、知っている職業が医療や農業や漁業などの一次産業くらいで、「会社員」という存在があまりにも漠然としすぎていました。

今はインターネットがあるから、子どもの頃からいろいろな職業を知ることができるようになりましたが、個人的にはそんなに早く仕事や将来を決めなくてもいいのかな、と思っています。いずれは否が応にも働かなきゃいけなくなるのですから(笑)。

やりたい仕事が見つからないことは、まったく恥ずかしいことではないし、ある程度年齢を経てから突然出会えるかもしれません。逆に憧れた末に就いた仕事が実は自分にまったく向いていなかったというのはよく聞く話です。ですので、向いていないと思ったらさっさと辞めてしまうのも一つの手だと思います。

――社会人になっても目標や夢が見つからない人もいれば、「自分が本当にやりたいことはこれで合っているのかな」という答えを探している人も多いと思います。

何もかもが自分の思い通りになる世界なんてありません。
なんとなくやり過ごすような会社生活も全然ありだと思います

明らかに間違っていると思うことや、納得出来ないことに対して声を上げる人もいれば、声を上げられない人もいる。声を上げられない人がダメだとはまったく思いません。

もっと上手い方法で何かを変えていくことができるかもしれないし、耐えてやり過ごす方法も全然ありです。仕事でも会社生活でも、そんな感じで自分に合うやり方を見つけていけば、もしかしたらもっと新しい風景が見えてくるかもしれませんね。

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<インタビュー前編はこちら>

【書籍】「こまどちたちが歌うなら」
前職の人間関係や職場環境に疲れ果て退職した茉子は、親戚の伸吾が社長を務める小さな製菓会社「吉成製菓」に転職する。父の跡を継いで社長に就任した頼りない伸吾、誰よりも業務を知っているのに訳あってパートとして働く亀田さん。やたらと声が大きく態度も大きい江島さん、その部下でいつも怒られてばかりの正置さん、畑違いの有名企業から転職してきた千葉さん......。それぞれの人生を歩んできた面々と働き始めた茉子は、サービス残業や女性スタッフによるお茶くみなど、会社の中の「見えないルール」が見過ごせず、声をあげていくが――。一人一人違う"私たち"が関わり合い、働いて、生きていくことのかけがえのなさが胸に響く感動長編!

著者:寺地はるな
発売日:2024/03/26
定価:1,870円(税込)

「こまどちたちが歌うなら」特設サイト>
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