風変わりな職業相談所を舞台に、地球に不時着した宇宙人が「仕事とはなにか」について考え、自分を見つめ直していく姿を描いた絵本「おしごとそうだんセンター」。
《前編》では、その作者であるヨシタケシンスケ先生に「おしごとそうだんセンター」の誕生秘話やヨシタケ先生の子供時代、そして仕事観について語っていただきました。
《後編》では、ヨシタケ先生の「お仕事観」をより深堀りし、会社員時代の葛藤や、現在の絵本作家という職業に至る選択などについて話していただいた内容をご紹介します。
【著者プロフィール】ヨシタケシンスケ
1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。絵本、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど多岐にわたり作品を発表している。2013年『りんごかもしれない』で第6回MOE絵本屋さん大賞、2014年同作で第61回産経児童出版文化賞美術賞、2016年『このあと どうしちゃおう』で第51回新風賞、2017年『もう ぬげない』でボローニャ・ラガッツィ賞特別賞を受賞。2019年『つまんない つまんない』でニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞に選出。絵本『かみはこんなに くちゃくちゃだけど』『ぼくはいったい どこにいるんだ』『メメンとモリ』、対談集『もりあがれ!タイダーン ヨシタケシンスケ対談集』、又吉直樹氏との共著『その本は』など著書多数。2児の父。子どもの頃の将来の夢は大工さん。
半年の会社員生活の中で分かった「人の楽しませ方」の違い
――「おしごとそうだんセンター」は、ヨシタケ先生自身の「お仕事観」にもとづき、ストーリーが展開していきますが、そんなヨシタケ先生ならではの「仕事観」が生まれたきっかけは?
会社員時代の経験が大きいと思っています。
僕は大学院を卒業した後、新卒でアーケードゲームを開発する会社に就職し、半年間だけ会社員をやっていました。たった半年間だったけど、でもその間にいろんなことが分かりました。
たとえば「会社って人と人が有機的に連携し合い、そこに資金力が加わることでいろいろなことを実現できる"よくできたしくみ"だな」と感じる一方で、僕には向いていないということがハッキリと判りました。なぜならば、僕はチーム作業が苦手で、仕事自体についても情熱を注ぐことができませんでした。
もともと僕は自分の作った作品で人を喜ばせることが好きで、 学生のころは自分の技術とお金で創作を行っていましたが、それをもっと大きな資金力とユーザーを持つ組織でやれば、より多くの人を喜ばせることができるのではないかと思ってゲーム会社に就職しました。
しかし、そこで求められた「面白さ」というのは、プレーヤーの射幸心を煽るような課金要素を生み出すことで、いかにプレーヤーのテンションを高め、悔しがらせて「もう一回!」という行動につなげることを是とする企画にまったく情熱を注げず、そこに行き詰まりを感じていました。
当然、企画書を作成しても上司からダメ出しを喰らい、挙げ句に「お前の企画書は読み物としては面白いが、企画書としては0点だ」とまで言われる始末(笑)。奇しくも今は作家として読み物を創作することが仕事になっている訳ですが、そうした経験を通じて「人を楽しませることはいくつかの種類があって、自分が好きなものとそうでないものがある」ということが分かりました。
加えて、「自分が思っていたものとは違う着地点にいることは、けっこう苦しいものなんだな」ということも会社員を通じて分かったことの一つです。自分の考えていることや好きなことは昔から変わっていないんだけれども、それをどうアウトプットするかで、受け止めてくれる人の数や感想が変わってくる。そんなことを皮膚感覚として理解できたことは、すごく大きな経験になりましたね。
"自分をニコニコさせるかけがえのないもの"を見つけるために「仕事」がある
――作中で「自分にとっての幸せを考えるために仕事がある」という言葉がありますが、これもヨシタケ先生の実体験からくるものなのでしょうか
そうです。
理想論になるかもしれませんが、自分のやりたいこと、これをしていれば自分はニコニコしていられる、という"自分にとっての「幸せ」"がある程度具体的にわかっていれば、大抵のことは我慢できると思うんです。
趣味でも日常的な習慣でも大切な人でもいい。「これを守れるんだったら、会社に行っている間は自分を殺していられる」というものがあれば、必ずしも仕事で幸せになる必要はない、というのが僕の考えです。もちろん仕事している時間も楽しければそれに越したことはないけれど、そんなに自分にとって楽しいことだけをやり続けられる仕事なんて世の中にそうそうあるものではありません。
そんな「なにが自分をニコニコさせるのか」ということを見つけたり知ったりすることが、仕事をしやすくするためのコツであり、そんな僕なりの思いを「自分にとっての幸せを考えるために仕事がある」という言葉に込めたつもりです。
ちょっとしたアイデアなどをスケッチして「まずは自分を救う」
――ちなみにヨシタケ先生にとっての「自分をニコニコさせる大切なもの」は?
ちょっとしたアイデアや思いついたこと、疑問に感じたことをこの小さなメモ帳にスケッチするのが習慣となっているのですが、僕はこれさえできれば幸せなんです。
作品を通じて誰かを喜ばせることの前に、まずは自分を救いたいという思いがあり、「こう考えると、世の中おもしろいこともあるじゃないか」とか、「こういう発想をすれば辛いことも別の受け取り方ができるんじゃないのか?」と自分に言い聞かせ、鼓舞する存在がこのスケッチなんです。そういった意味ではこのスケッチは僕にとってのある種のリハビリだと言えるかもしれませんね。
――これは創作活動とは関係なしに日常的に描き留めているものなのですか?
そうです。仕事がなくても気がつけば勝手に描いている習慣です。絵本作家やイラストレーターという仕事は、たまたまこの中からつながっていっただけの話で、本質的には僕の精神衛生上、欠かせないものという位置づけです。
――こうした精神衛生のためのスケッチは、いつ頃からはじめたものなのですか?
先の半年間の会社員生活時代から生まれた習慣です。
僕にとって本当につらい日々だったので、自分の世界や自分の聖域をこの中に作って日々をしのいでいた感じですね。
本来、このスケッチに記す内容は自分の興味のあることがメインなのですが、会社員時代は上司への不満を記していました(笑)。万が一見つかったときに身を守るために、言葉の下に可愛い女の子のイラストを描いたりもしていました。そうすると見つかったときに不満を吐いているのは僕じゃなくてこの女の子ですよ、というフィクションにもとづく言い訳ができる(笑)。
これはある種のストレス発散でもあるので、ストレスがまったくない、満ち足りた状況だと書く必要がない。先に「ちょっとしたアイデアや思いついたこと、疑問に感じたことをこのメモ帳に描く」と言いましたが、それらも締め切り前で追い詰められたりしているときとか、家族と喧嘩したりとか、そういうときに描くことが多いですね。
「自分を救う」ためのスケッチが、絵本作家への道を切り開くことに
――そう考えると、ヨシタケ先生が絵本作家という職業に就いたのは必然だったような気がします。
もともと自分が絵本作家になれるとは思っていなかったし、なりたいとも思っていませんでした。あくまでもこのスケッチは自分のためだけにやっていたことであって、人に見せるつもりはまったくありませんでした。
しかし、先の会社で、僕の油断もあって、このスケッチがある日、事務の女性に見つかってしまったことが転機となりました(笑)。その人はスケッチの絵を見て「かわいい!」と褒めてくれたんですよ。それまでは人に見せてはいけないものだと思っていたので、喜んでくれたことにすごくびっくりしましたね。
それで気を良くして、今まで描き溜めたスケッチを深夜のコンビニでコピーして冊子としてまとめ、それを知り合いを中心に配るようになりました。それがたまたま出版社の方の目に留まり、「本にしませんか?」と打診されイラスト集として本を出版したら、イラストの仕事が来るようになったのです。さらにそのイラスト集を目にした別の出版社の方から「絵本描きませんか?」というオファーが来て、絵本作家になった。
もともと自分で勝手にやっていたことがたまたま出版社の方の目に留まったことで、絵本作家としてのヨシタケシンスケがはじまった感じですね。結果的にイラストレーター、絵本作家ともに約10年ずつの計20年以上続けていられるので、この仕事はすごく僕に向いていると思っています。
依頼を形にする「職人」が理想の職業だった
――自分に合った仕事と出会ったことで何かが変わりましたか?
もともと僕にとっての理想の職業は「職人」であって、「こういうものをつくってください」という依頼に対してその通りに作り上げてお金に換えるプロフェッショナルになりたかったんです。
そこに表現欲や自己顕示欲というものはまったくなくて、人が欲しがっているものをちゃんとかたちにして、それを提供して喜んでもらう――そんな存在として生きられたらいいなと思っていました。
そしてひょんなことからイラスト集を出版させてもらい、それがきっかけでイラストレーターの仕事をいただけるようになった。イラストレーターも基本的にはクライアントの要望があって、締め切りがあって、それを満たしていく、というクライアントの期待に応える仕事であり、そこに職人的な要素もあったのですごく自分に向いていると感じていましたね。
そして40歳になる手前で、「絵本を描いてみませんか?」というオファーをいただき、今度は自己表現が求められるようになった。それまでは編集さんの要望にもとづいてイラストを描くことに慣れきっていたので、自分で発想し、それをかたちにする、ということは未経験でした。自分であれこれ試行錯誤してみたのですが、結局、形にはなりませんでした。
別の編集者からの依頼が転機、環境が変わることで自分に合う仕事に出会う
――決して順風満帆なスタートではなかったと。
転機となったのは別の編集者からの依頼です。
新たな絵本のオファーをいただいのですが、その方から「子供たちにいろんな視点でものを見ることの大切さを教える本を作ってみてはどうですか?」とご提案をいただいた上で、「リンゴをいろんな目線で見てみる本を作ってみましょう」という"お題"をもらいました。イラストレーターは10年以上やってきましたから、お題のおかげでスムースに取り組めました。それで結果的に納得行く作品を作ることができたのです。
それによって考えを一歩発展させ、自分から自分へお題を出せば、自己表現にもとづく創作も行えることが分かり、結果的に絵本作家として10年を超えるキャリアを築くことができています。
――とても大きな転機ですね。
僕自身は何も変わっていないけど、環境が変わったことで自分に向いていると感じる仕事と出会うことができた。
これと同じように「部署異動や転職などで環境が変わったら、活き活きと仕事ができるようになった」というのはよく聞く話です。結局は着地点が一つ違うと、そこで働く人間の幸福度みたいなものも変わってくる。もちろん自分側の努力も重要ですが、どんなに努力しても自分を活かせない環境というのもある。耐えきれない思いをしながらそこにしがみつくのは、自分にとっても職場にとってもマイナスだと思うんです。
人を幸せにするには、まずは自分が幸せになること
――作中で「自分が幸せになれば、自分と関係する人々も幸せできる」という言葉がありますが、そこにつながっていくお話でもありますね。
そうですね。仮に自分を犠牲にして周りを幸せにできたとしても、結局は自分がもたない。それは僕自身が生きてきた経験からも言えることです。「自分さえ我慢すれば」「自分を犠牲にすればどうにかこの場は丸く収まる」みたいな考え方は、短期的にはどうにかなるかもしれませんが、長期的に見れば本人が参ってしまう。そんな「自分自身をちゃんとケアできているか?」という客観的な視点は、仕事、プライベート問わず大切だと思っています。
――作品の中でも「大事な人のためには、まず自分を一番大事にする」という言葉や、「おしごとをしている時間は、その人の一部」という言葉が出てきます。
どんな人でもずっと仕事だけをしているわけではなくて、ちゃんとプライベートの時間があり、その中での人間関係や家族との時間がある訳です。僕だって同じで、絵本作家としての顔があり、2人の子供を持つ父親としての顔もあり、その他いろいろな顔がある。そんないくつもの顔を持ち合わせて「その人」を形成するのが人間であり、仕事というのは、そんな1人の人間が限られた時間を使って演じている顔の一つに過ぎない、というのが僕の考え方です。
転職するなら「いま、このタイミング!」という"心の声"に耳を傾けては
――職場の人間関係や仕事内容などで悩んでいる人にとっては肩の荷がスッと下りていく話ですね。最後に、この記事を読んでくださっている社会人の方に向けたメッセージをお願いします!
もしかしたら、いま勤めている会社を辞めようと考えていたり、転職を考えたりしている中でこの記事をお読みくださっている方もいらっしゃるかもしれません。
そうした方に対して安易に「すぐ辞めるべき」というつもりはありません。むしろ、迷っているうちはまだ辞めなくてもいいと思っています。
これは僕の実体験なのですが、勤めていた会社を辞めるときは、「あ、今日辞めよう」という天からの啓示というか、ある種の潮時を感じて突然辞める決心がつきました。
実はそれ以前から会社に隠れてこっそりと大学の友人の広告美術制作の手伝いをやっていて、それが軌道に乗り、安定的に仕事の依頼も来るようになったという背景もあるのですが、何よりも「10年後を考えたときにどちらをやっていたいか」と考えたときに圧倒的に広告美術の方だったので、それでバババッと辞める決心がつきました。もっとも、辞める旨をしたためたメールを上司に送るときは心臓バクバクで、メールの送信ボタンを押すのにすごく勇気がいりましたね。もしかしたら人生の中で一番重いクリックだったかもしれません(笑)。
結果としてそのときの選択が今につながり、自分に向いた仕事と向き合える幸せを日々感じることができている。そのことを考えると、あのときの選択は間違っていなかったと思います。
きっと誰もがなにか岐路を前にしたときに、そんな動物的な勘にしたがって「いま、このタイミングだ!」と感じる瞬間があるはず。これは仕事を考える上でも、自分の体調をケアする上でも重要な指針の一つとなります。まずはそんな"心の声"に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
【書籍】「おしごとそうだんセンター」
「しごと」ってなんだろう? 地球に不時着した宇宙人がやってきたのは、ちょっと風変わりな職業相談所。宇宙人は相談所のスタッフと一緒に、この星で生きていくこと、働くことの意味について考えはじめる。誰もが避けて通れない「仕事」の意味を問い直し、明日をちょっと明るくする、すべての子どもと大人のためのヨシタケシンスケ版"ハローワーク"ストーリー!
著者:ヨシタケシンスケ
発売日:2024/02/26
定価:1,760円(税込)
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