講談社から発売されたコミック『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』(原作 : 岡沢六十四、漫画 : るれくちぇ、以下、『暗黒兵士~』)が大ヒットしている。「解雇」されながらも、めげずに"転職"先で活躍する主人公のダリエルや、怪力ながらも可愛らしくいじらしいヒロインのマリーカの姿に、「癒し」を求める読者から圧倒的な支持を集め、すでに第3巻までで累計30万部(電子版含む)を突破している。
前編では、『暗黒兵士~』の原作者であり、小説家の岡沢六十四氏に、作品のキャラクターに込められた思いや、物語を通じて読者に伝えたいメッセージなどについてお伺いした。
後編では、岡沢先生が小説家になろうと思った経緯や、プロの表現者・創作者として求められるものなどについて、お伺いした内容を紹介したい。
(講談社WEBサイトから第1巻あらすじ)
「魔王軍の暗黒兵士でありながら魔法が使えないダリエル(30代)に告げられた‥‥突然の解雇宣告!! 故郷を追い出されたダリエルは人間族の村に流れ着き、魔族では授かれない冒険スキルを開花させる! 「俺は‥‥人間だった‥‥?」
駆け出し冒険者に舞い込む採取に討伐に、村娘からの猛烈アタック!? のんびりできないセカンドライフが始まった!」
(※試し読みはこちらから)
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――主人公のダリエルの生き方について、「鈍感力」が大切な要素になっている、それは岡沢先生ご自身の経験からくるもの、というお話がありましたが、岡沢先生のどのような経験がダリエルに投影されているのでしょうか。
そうですね、その前に、まず、私の経歴を簡単に述べさせていただきますね。
私は子供の頃から漫画家になりたいと思っていたのですが、高校卒業後に上京しまして、ある漫画家先生のアシスタントになりました。それから4年ほど修業させていただいたのですが、自分のやりたいことを見つめなおした結果、自分のやりたいことは、絵で自分を表現することではないと気づき、小説家になろうと志を立て、アシスタントは退職させていただきました。
ただ、いろいろと作品は書いてみたものの、満足のいく結果はだせないまま貯金が尽きかけてきたので、とりあえず何か仕事をしようと思い、書店の仕分けのアルバイトを始めました。
そこで7年ぐらい働いた後、派遣の仕事を始め、さまざまな現場を経験しました。派遣の仕事を始めてから3年ほどたったところで、念願の小説家デビューとなったのです。
――そうしますと、漫画家ではなく小説家を志してから、デビューするまで10年ほどかかったということですね。
はい。今回の『暗黒兵士~』の主人公の生き方には、書店で働いた経験や派遣でさまざまな現場を経験したことを活かしたつもりです。
――具体的には、どのような経験が活かされたのでしょうか。
派遣の時は不安定で、一つの現場が終わってから次の仕事があるかどうか分からない、といった状況がいつもありました。そういう時に、もし次の仕事がなかったとしてもなるようにしかならない、未来の事を気にしすぎない、と思うようにして乗り越えました。
そうした経験が、ダリエルの、「鈍感力」があり、何があってもあまり深刻に受け止めすぎない、といったキャラクター設定に活かされ、それが、読者の方々に受け入れられたのではないか、と考えています。
――10年間、小説家を目指し続けるというのは、なかなかできないことだと思います。
確かに、同じ環境にいてあきらめる人もいました。ただ、漫画家のアシスタントを辞める時に、自分は格好いいヒーローやかわいいヒロインを絵で表現するのではなく、物語で表現したいのだと気づいた時、自分を貫く原動力が、小説で自分を表現したいという「表現欲」であることに気づいたのです。
――ご自身の「表現欲」が原動力となって、デビューまでの10年間を支え続けることができたのですね。
はい。重要なのは、「自分が何を表現したいか」ということを、しっかり把握しなければいけないということです。創作家にはこれは絶対に必要なものです。「何を表現したいか」を把握することが、作品を作る最初のきっかけになるからです。
さらに言えば、人間、最もやりたいことをやることで、最もクオリティの高い仕事をすることができるのです。自分で特にやりたいと思っていないことをやっても、あまり良い仕事はできないのです。
――やりたいことを把握することが、まずは重要なんですね。日々に忙殺されて、なかなかじっくり考える機会がない場合もありますが、自分をしっかり見つめなおすことが大切なのですね。
最近は、「モチベーションが最も大切」のような考えに対して、そうではないのではないか、とおっしゃる方々も多いように見受けられます。ですが、私はやはり、モチベーションが最も大切で、やりたくない事を唯々諾々としてやるよりは、やりたいことを「フレキシブルさ」を持って追求していかないと、高いクオリティのものを生み出すことはできないのだと考えています。
(第2巻表紙)
――やりたいことを「フレキシブルさ」を持って追求する、というのは、どういうことでしょうか。
「最もやりたいことをやる」というのとは、一見矛盾して聞こえるかもしれませんが、実は「やりたいこと」だけやってもダメなのです。私の場合は、自分の書いた作品を読者の方々に買っていただかなければならない、買っていただくには、読者の方々が喜ぶものでなければいけない、ということです。
何も考えずに突き進むのではなくて、常に考えながら進んでいくことが大切です。
――それが「フレキシブルさ」ということなんですね。
そこが、プロとアマの違い、ということになると思います。読者の方々が望んでいることを推測しながらやらないとプロとして成立しない、だけれども、自分の感情をないがしろにしてもいけない、そのバランスを兼ね備えることがプロフェッショナルの条件なのではないでしょうか。
これは、どの職業にも当てはまるのだとも思います。
(第3巻表紙)
――自分のやりたいことと、お客さんの望むことの双方を把握し、その両方を満たせるようにするのは、なかなか難しいですね。
実は、そうしたことを考えるようになったのは、デビューしてからです。
私は新人賞への応募を通じてデビューしたのですが、それまでは、自分の作品に対する反応というのは、賞に応募した際の審査員の方々の評価ぐらいしかなく、プロとしてデビューしてから、読者の方々からの反応、レスポンスががんがん来るようになりました。
そうしたレスポンスで、読者の方々が望んでいることが把握できるようになり、自分のやりたいこととのバランスを追求するようになりました。
会社でも、自分の仕事を上司から評価されたり、お客さんがどういう反応したりするかを見るのが重要であるのと同じなのではないかと思います。
――小説を書くことも、一般の仕事も、プロとして仕事をすることが重要だということですね。
ただ、今回の『暗黒兵士~』に関しては、漫画を担当していただいたるれくちぇ先生や、編集を担当していただいた講談社の編集者の方の皆さんが、読者の方々のニーズをくみ取って、まさにプロとしてコミカライズしていただいたことで、多くの方々に読んでいただけるヒット作になったと思っています。
私だけの力ではなく、多くの方々のプロとしての仕事に、心から感謝しています。
――『暗黒兵士~』は、先生をはじめ、かかわった皆さんのプロフェッショナルとしての仕事の結晶ということですね。本日はお忙しいところ、貴重なお話をお伺いさせていただき、誠にありがとうございました。
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前編の物語に込められた読者へのメッセージに続き、後編では10年間小説家を目指して努力し、デビューしてからも読者のニーズの研究に余念がない、まさに創作のプロフェッショナルの在り方をお聞きでき、大変貴重な時間だった。
『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』をすでに読まれた方もそうでない方も、ぜひこのインタビューをご覧になった後に読んでいただくと、また違う感想を抱かれるかもしれない。ぜひ本記事もご一読いただければ幸いです。