大ヒットコミック『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』の原作者・岡沢六十四氏に聞く(前編)--作品に込められた読者へのメッセージ

連載・インタビュー

講談社から発売されたコミック『解雇された暗黒兵士(30代)のスローなセカンドライフ』(原作 : 岡沢六十四、漫画 : るれくちぇ、以下、『暗黒兵士~』)が大ヒットしている。「解雇」されながらも、めげずに"転職"先で活躍する主人公のダリエルや、怪力ながらも可愛らしくいじらしいヒロインのマリーカの姿に、「癒し」を求める読者から圧倒的な支持を集め、すでに第1巻~第3巻までで累計30万部(電子版含む)を突破している。

今回は『暗黒兵士~』の原作者であり、小説家の岡沢六十四氏に、作品が多くの読者に受け入れられた理由や読者へのメッセージ、岡沢氏の表現者としてどのようなことに気を付けているかなどについてインタビューした内容をお伝えしたい。

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(講談社WEBサイトから第1巻あらすじ)

「魔王軍の暗黒兵士でありながら魔法が使えないダリエル(30代)に告げられた‥‥突然の解雇宣告!! 故郷を追い出されたダリエルは人間族の村に流れ着き、魔族では授かれない冒険スキルを開花させる! 「俺は‥‥人間だった‥‥?」
駆け出し冒険者に舞い込む採取に討伐に、村娘からの猛烈アタック!? のんびりできないセカンドライフが始まった!」

(※試し読みはこちらから)

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――まずタイトルについてお伺いしたいのですが、まず目をひくのが「解雇」というインパクトのある言葉です。このタイトルへの反応などについて教えていただけますでしょうか。

この作品は、小説ジャンルで言うと、いわゆる「追放モノ」という、ひどい扱いを受けた人がひどい事をした人にやり返す、というジャンルに属します。

実はそこまで意識はしていなかったのですが、「解雇」という言葉は確かに私の作品を読んでくださった読者の方々に響いた部分があったようです。解雇まではいかないとしても、自分も作家デビュー以前には、職場で思うようにならないことがあったり、意に沿わない扱いを受けたりといったことがあり、そうした状況にある読者の方々から、主人公のダリエルが軽快にやり返す姿に爽快感や共感を抱いた、という感想は数多くいただいています。

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――一方で、タイトルには「スローなセカンドライフ」ともあり、実際に主人公のダリエルは、やり返しはしますけれども、いわゆる「仇討ち」とか「復讐」といった、重さはあまりないですよね。

最近の読者の方々は、ハラハラドキドキといったようなハードな展開をあまり望んでいない傾向があります。そのため、不快な展開はこの作品にはないですよ、といった事を読者の方々に伝えるために、「スローなセカンドライフ」という言葉を盛り込みました。

小説だと特に、タイトルで読んでいただけるかどうかが決まりますので、その辺りは大変意識していてタイトルを考えました。

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――実際に作品を読み進めていっても、主人公のダリエルは、敵を倒しはしますが、どこか融和的というか、倒した相手にも手を差し伸べるようなところがありますね。

確かに「追放モノ」には、読者がドン引きしてしまうような凄惨な復讐を描く作品もありますし、執筆する人によってまちまちなのですが、今回はあえて、復讐に執着しないようにしました。

――それはなぜでしょうか。

そうですね、「鈍感力」といいますか、例えば「解雇」といった現実であえいでいるような方にも、あまり深刻に受け止めすぎないようにしてほしい、という思いを込めているからです。

うまくいかない事をあまり気にしても仕方がない、それは私自身の経験からもそう思える部分があったからです。

――そうなんですね。タイトルのほかに、コミックには「転職(ジョブチェンジ)したら、才能発揮!」との書かれた帯もかけられています。私が通勤する途中の高田馬場駅にあるコミックを紹介する看板にも、ダリエルが「解雇 ですか・・!?」と戸惑う冒頭のコマとともに、帯と同じ文言が書かれていて目を引きました。

そこで転職に関連してお伺いしたいのですが、転職先の人とうまくいかない、みたいなことはよくあり、事実、ダリエルも、最初は年下のガシタという少年から、ライバル心を燃やされて困るシーンが描かれていますよね。

人間関係ということですよね。ガシタに関しては、やりこめる方向性で描いて、そこからガシタが主人公と良好な関係を築いていくというのは、読者の方々からも受け入れられて、ガシタはいいキャラクターになったような気がします。

やっぱり、みんな一緒に働く人とは仲良くなりたいと思っていると思いますし、そうした面からも読者の方々にとっても受け入れやすい部分があるのだと思います。

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――ほかにも、魔王軍の同期だったリゼートとの関係もありますね。

やはり同期というのは、友人ではありますけれども、競争相手でもある、複雑な人間関係になりますよね。宮崎駿監督のアニメ作品『風立ちぬ』でも、主人公がチーフになるプロジェクトに同期を誘いたいと上司にお願いするシーンがあるのですが、友情が壊れるからやめたほうがいい、といった趣旨のことを言われるシーンがあります。

――ただ、リゼートとも、魔族と人間族の違いを超えて、結局は仲良くなっていきますね。

先ほども話しましたが、最近の読者の方々は、ギスギスしたものを求めていない、ということがあります。職場でもギスギスした関係はあるでしょうから、そういう事は現実だけでたくさん、という思いがあると思います。そうした事を意識して、読者の方々に癒しを提供できるようなストーリーにしています。

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――マリーカというヒロインは大変魅力的ですね。

マリーカに関しては、漫画を描いていただいたるれくちぇ先生と、講談社の編集者の方のおかげで、大変読者にも人気のあるキャラクターになりました。物語に恋愛は欠かせない要素ですので、このコミックのヒットの大きな要因となっていて大変ありがたいのですが、実は原作のほうは、マリーカはわりとドライなキャラクターとして描いています。

――え、そうなんですね。

Web小説の読者の方々は、あまり恋愛にウェイトを置いていないようなんです。恋愛が面倒くさいのか、それとも怖いかは分からないのですが。。。

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――なるほど。コミック3巻までを読ませていただいて、岡沢先生にとっての、ある種の理想郷を描いているのではないか、と感じたのですがいかがでしょうか。

実はもっとなりふりかまず理想郷を描いているWeb小説もあります。実は私も『異世界で土地を買って農場を作ろう』という作品で、私自身の理想郷をあますところなく描いていまして、そちらもおかげさまで多くの読者の方々に読んでいただいています。

『暗黒兵士~』のほうは、会社で解雇されても別の会社で頑張っていく、『異世界で土地を買って農場を作ろう』のほうは、会社から解放されて農場で働いていく、という内容です。

1980年代~90年代にかけては、20世紀末の終末思想から漠然とした不安感があり、コミック界では、『北斗の拳』など、そうした雰囲気を反映した作品がありました。

一方、21世紀に入ってからは、未来にどんなものがあるかわからない、だったら会社を離れて別の環境で生きていこうといった、のんびりしたものを求めるニーズが増えているような気がします。

――キャラクターや物語の内容や背景についていろいろとお教えいただき、岡沢先生の描こうとした世界が、以前よりわかるようになった気がします。本当にありがとうございました。

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いかがだっただろうか。コロナ禍の中、読者の癒しに応えるべく描かれたという点が、『暗黒兵士~』がこれほどまでの支持を集めている理由であるといえるのかもしれない。

後編では、岡沢先生が小説家になろうと思った経緯や、プロの表現者として求められるものなどについて、お伺いした内容を紹介したい。

筆者プロフィール:石田哲也

福岡県出身。メーカーの経理部員、新聞記者、雑誌編集者などを経て、現在はWEBサイトの編集者・記者。
趣味は歴史小説を読むことで、特に戦国時代の場合、石田三成が豊臣家の忠臣と描かれているものを好む。
ただし、徳川家康も偉人と尊敬している。

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