1.企業通貨はどんな目的で導入するのか?
企業通貨は給与・賞与のような現金給付ではないので、法律的な縛りが少なく、かなり自由に設計することができます。
例えば給与だと、「通貨」で、「直接本人に」、「全額」を「毎月1回以上の支払い」という条件が企業に対して法的に義務付けられていますが、企業通貨だとこれに縛られません。「1カ月、無遅刻無欠勤だったら、3か月後にポイントをあげる」なんてことも可能ですし、「いいアイデアを出したら、その場で500ポイントあげる」こともできます。
実際、社員の定着が課題の企業であれば、勤続期間(年数)に応じてポイントを付与しています。
ある外食チェーンでは、アルバイトの当日欠勤が頻発し、出勤シフト管理に苦労していましたが、出社するだけで100ポイント(100円相当)付与することにした途端、当日欠勤がなくなったそうです。
時給30円上げても(1日当たり240円)改善されなかった当日欠勤が、1日100円のポイント付与で無くなるなら会社は真剣に考えます。
また、人材採用に苦労している企業では、社員に知人を紹介して、採用に至ったら、○万ポイント、半年勤めたら更に○万ポイント付与するというリファーラルボーナス制度を導入しています。
企業によって人材に関する課題は異なるので、施策はそれぞれですが、企業通貨導入で共通する目的は第1回の寄稿で少しお話したように、大多数の「普通の社員」の貢献に報いるためです。
2.日々のファインプレーに報いる仕組み
現在、ほとんどの会社では、半年~1年に1回の頻度で人事評価が行われていると思います。これにより成績を確定し、翌年の給与(昇給)や次回の賞与の額を決めているのです。
ただ、半年、1年という長いスパンで成績を決めるため、目立った行動や大きな成果など印象に残りやすい出来事が評価の対象になりがちです。
先日、導入企業の人事担当者からこんなお話を伺う機会がありました。企業通貨制度の意義を端的に語っていたので引用したいと思います。
「(企業通貨制度は)人事評価期間内で完結する成果とは異なり、日常で起こるファインプレーを褒めたたえる仕組みだと考えています。これを導入することで、社員同士がお互いに賞賛し合う、協力し合う組織風土の醸成を目指しています。
営業担当者は主に数字で評価されるので分かりやすいのですが、その営業活動を裏で支えている営業事務の方のファインプレー(例えば、顧客のクレームをうまく対処したなど)は感謝されても、なかなか半年という評価期間の中では埋もれてしまいます。
事務系の仕事などは『出来て当たり前、できなかったら批判される』ことが多い仕事と言えますが、その中でも同僚をいつも助けて周囲から慕われている方などにも報いることができると思っています。『いい人』というだけで済ませてはもったいないと思うのです----」
このように、企業通貨制度を全員参加型の社会ならぬ、会社にするためのトリガーとして採用する会社もあるのです。
3. 在宅勤務で本当の成果主義がはじまる
ここ数年、政府も企業も「働き方改革」というスローガンを掲げてきましたが、残業時間の強引な引き下げにより、ザービス残業化の温床になり、ドトールワーカー(安い喫茶店でPCを持ち込んで働く人)が増えました。「テレワーク推進!」と言いながら、組織にやりづらい雰囲気があり、誰も取り組もうとしないので、実行性の乏しい働き方改革だったことは否めません。
それが、今回のコロナショックで、無理やり在宅勤務などを余儀なくされ、強制的に働き方改革をせざるを得なくなりました。
ただ、在宅勤務が増えると、働きぶりが見えないが故に、労働時間ではなく「どれだけの成果を出したか」「どれだけのタスクをこなしたかのか」という成果主義的な働き方も同時に求められるようになります。
そうすると、成果が同じならより短い労働時間で処理した方が社員にとって得になります。
これまでも同じことが言われてきましたが、「部下の働きぶりを見ていないと不安だ」と考えている上司の元では、部下も頑張っているふりをせざるを得ませんでした(その姿勢も評価されてきたので)。
しかし、そういうアピール・立ち振る舞いを気にせずに効率的・効果的に仕事をする人がこれからは評価されることになるでしょう。
4.みんなの協力・支援があっての成果
ただ、アフターコロナは少し違います。
「成果を出した人を評価する」という考えは分かりますが、その成果は何人もの周囲のメンバーの貢献があったからこそ出せた成果のはずです。
素晴らしい結果を出すアスリートも、革新的な発見をする科学者や、発明をしたエンジニアも、みな一様に「支えてくれた皆さんのお陰で、金メダルが取れました」「○○賞がとれました」と感謝の言葉を述べています。
そういう支えてくれた、支援してくれた人たちに褒美のおすそ分けがしやすい仕組みが企業通貨です。
このような埋もれてしまいがちな地道な支援や、日々のファインプレーを評価する仕組みをビルトインすることがアフターコロナの人事制度になると企業は気づき始めているのです。
執筆者プロフィール
麻野 進(あさの・すすむ)
株式会社パルトネール代表。大企業から中小・零細企業まで企業規模、業種を問わず組織・人事マネジメントに関するコンサルティング、講演・執筆活動を行う。
専門は「マネジメント」「出世」「管理職」「リストラ」「中高年」「労働時間マネジメント」「働き方改革」など。
人事制度構築の実績は100社を超え、年間1,000人超の管理職に組織マネジメントの方法論を指導し、企業の組織・人事変革を支援している。
著書に「イマドキ部下のトリセツ」(ぱる出版)、「課長の仕事術」(明日香出版社)、「最高のリーダーが実践している『任せる技術』」(ぱる出版)などがある。
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