人間関係の悩み解消には「何もしない」「考えない」姿勢が大切ーー感情マネージメントの専門家・片田さんに聞く、「疲れない」心をつくるための秘訣

連載・インタビュー

仕事をしていると、誰もがストレスやプレッシャーを感じるものです。特に、自分ではどうにもできない事柄にとらわれ、モヤモヤした気持ちを抱えている人は少なくありません。

そんなときに役立つのが、感情を無理に抑え込むのではなく、一生のパートナーとして上手に付き合う「感情マネージメント」という考え方です。一般社団法人感情マネージメント協会で代表理事を務める片田智也さんは、これまでの「感情コントロール」という言葉が想起させる先入観を見直し、感情との新たな関わり方である「感情マネージメント」を提唱しています。今回は、片田さんに感情マネージメントの重要性やメリット職場でストレスを溜めないための思考法について詳しくお話を伺いました。

【プロフィール】片田 智也
一般社団法人感情マネージメント協会代表理事(公認心理師・産業カウンセラー)

20代で独立起業するが、ストレスから緑内障を発症、視覚障害者になる。同年、うつ病と診断された姉が自死。姉の死の真相を理解するために精神医学や心理療法を探求し、後に心理カウンセラーに転身する。

厚生労働省ストレスチェック制度、防衛省メンタルサポートなどメンタルケア関連の公共事業に多数参画。カウンセリング実績はのべ1万5千人以上。企業研修や講演などの受講者は累計2万名を超える。

「よみかき、感マネ」という理念のもと、誰もが感情をマネージメントできる未来をつくるため、「感マネ技術」の普及活動を行っている。主な著書は『何があっても疲れない心をつくる 職場ですり減らないための34の「やめる」』(ぱる出版)。『「メンタル弱い」が一瞬で変わる本 何をしてもダメだった心が強くなる習慣』(PHP研究所)は世界4カ国語で翻訳出版されている。

1.感情はコントロールするのではなく「一生のパートナー」として上手に付き合うことが大切

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――片田さんは「感情マネージメント」という新たな概念を提唱されています。どのような考え方なのでしょうか?

「感情マネージメント」とは、感情を無理に操作するのではなく、一生のパートナーとして上手に付き合っていくための考え方です。

これまでは「感情コントロール」という言葉がよく使われてきましたが、「コントロール」という言葉には感情を我慢したり抑え込んだりする意味合いが強く、私は以前からあまりしっくりきていませんでした。そこで、「マネージメント」という言葉を使うことで、感情との本来の関わり方をより的確に表せるのではないかと考えました。

感情は直接制御できるものではありません。例えば、部下のマネージメントにおいて本人の自発的な意思を尊重しながら間接的に働きかけていくイメージです。感情を自分とは別の存在としてとらえることで、よりうまく付き合うことができると考えています。

――職場で感情マネージメントを行うとどのようなメリットがありますか?

仕事をしていると、不安やイライラを感じることはよくあります。職場は"トラブルや悩みの宝庫"なので、ある意味仕方ないことです。ただ、職場は、さまざまな感情に対して自分がどう反応するかをトレーニングする場でもあります。しっかり感情を鍛えておくことで、家庭でのコミュニケーションもうまくいきやすくなるでしょう。不安やイライラといった感情も、筋トレのように自分で少しずつトレーニングしていくことが大切です。

――感情のトレーニングが大切とのことですが、まずは何から取り組めばよいでしょうか?

まず、自分でコントロールできる物事と、そうでない物事を区別する必要があります。この見分けをつけることが、トレーニングの大前提となります。多くの場合、これらの区別がつかないうちに感情が高ぶってしまうので、冷静にこの区分けを判断する訓練をしておくことがおすすめです。

2.上司の機嫌を直すのは上司の仕事。「この感情は誰の持ち物か?」を考える

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――たしかに、状況や事象を客観的に判断することは大切ですよね。ただ、特に若手の場合は、自分でコントロールできる物事とそうでない物事の見極めが難しいことも多いのではないでしょうか。

そうですね。そのような場合は、まず「この感情は誰の『持ち物』か?」という視点で考えてみると良いと思います。例えば、上司の機嫌が悪いとき、自分がどう対処すべきかと悩み、ついその感情に巻き込まれてしまうことがありますよね。でも、上司の機嫌は上司自身の「持ち物」であり、その機嫌を直すのは「上司の仕事」です。ここで大切なのは、「誰の仕事か」という観点を持つことです。

また、仕事の結果についても同様です。仕事は結果を出すことが求められますが、どんなに努力しても結果が出ないこともあります。社会情勢やお客様の状況など、自分ではコントロールできない要素も影響するからです。そのようなコントロールできない部分に意識を向けすぎると、精神的に辛くなってしまうでしょう。だからこそ、「自分の仕事」は結果を出すために努力することであり、その結果自体は「自分の仕事ではない」と切り離して考えることが大切です。

――なるほど。片田さんの著書『何があっても疲れない心をつくる 職場ですり減らないための34の「やめる」』でも、「振り回されない大切さ」に触れていますね。

はい。職場は悩みや気がかりが尽きない場所ですから、気になることも多いでしょう。でも、気にしてもしなくても変わらないことは意外とたくさんあります。先ほどお伝えしたような、上司の機嫌のようなものに振り回されてほしくない、というのが私の一番の思いです。

――本書全体で「やめる」ことが一貫したテーマになっている点も印象的でした。

一般的なビジネス書や自己啓発書は「何か行動すれば問題が解決する」という前提で書かれているケースが多いですよね。ただ、精神的な問題を解消するために大切なのは、むしろ「何もしない」「考えない」姿勢です。特に人間関係のトラブルでは、その問題に意識を向けないことが重要です。だからこそ、本書では「やめる」というメッセージを前面に出しました。

心理的な問題の最良の解決策は「休むこと」。人間関係のトラブルを解消したいなら、生じている問題に無理に触れようとせず、距離を置くことが効果的です。私たちは「何か行動しなければいけない」という思い込みがありますが、むしろ行動しすぎて問題が大きくなることもあるでしょう。ときには、問題を解決しようとせず「解消する」。つまり、心の中で忘れてしまうことをおすすめします。

加えて重要なのは、「どう考えれば気にならなくなるか」という問いを持つことです。相手を変えようとするのではなく、「あの人を気にしなくて済むにはどうしたらいいか」と思考を切り替えてみるとよいでしょう。

3.気にしすぎて「疲れる」人と「淡々と仕事をする」人には仕事で大きな差

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――本書では「疲れない心をつくる」こともテーマに掲げていますが、なぜ仕事に「疲れてしまう人」が多いのでしょうか?

単純に「気にしていることが多すぎる」のだと思います。スマートフォンやパソコンと同じように、私たちの思考にもストレージの容量があり、それが一杯になるとうまく思考処理できなくなります。いつも何か気がかりを抱えていて、それについて感情が乱れていれば、疲れてしまうのは当然のことだと言えます。

特に、変えられないことに固執してしまう人は疲れやすい傾向があります。まるで山を動かそうとしているようなものですから、疲れるのは当然ですし、結果も出ないため、さらに疲労感が増します。さらに、その間に、自分にできることを淡々と続けている人との差も感じてしまい、まさに"三重の疲れ"が生まれてしまうのです。

――世の中には変えられない物事にもこだわりがちな人=「疲れやすい人」と、そうでない人がいるのではないかと思います。違いはどこから生まれるのでしょうか。

やはり、それぞれが育ってきた環境や文化の影響で違いが出てくるのだと思います。特に「コントロール」する意識が強い環境で育った人は、「自分で何でもコントロールしなければならない」という前提に立っていることが多いですね。

一方で、それが問題解決能力の高さにもつながりますから、一概にダメだとは言いきれません。一般的に、仕事ができる人は問題解決能力が高く、売上や取引先など本来コントロールしかねるものを、間接的に上手に操ってきた経験があります。ただ、認知バイアスの1つに「コントロール幻想(※)」という概念があるように、うまくいった経験があればあるほど、人間関係もコントロールできるのではないかと思ってしまう傾向が見られます。したがって、仕事ができる人ほど「疲れやすい」人が多い印象がありますね。

(※)自分でコントロールできないことを、自分の行いで影響を与えられると錯覚してしまう現象

大事なのは、問題解決能力も大切にしつつ、どうにもならないときに備えて「解消できる力」も持っておくことです。そのバランスこそが「疲れない心」をつくる第一歩になると思います。

――若手ビジネスパーソンならではの「疲れ」についてはいかがでしょうか?

世の中全体として、「失敗してはいけない」「うまくやらなくてはならない」という強いバイアスがあるように感じます。さらに若手のうちは、他人の意見を聞きすぎるがゆえに、疲れてしまう傾向があるかもしれません。

世の中の情報は、「どうすればうまくいくか」という前提で発信されているため、過度な要求やプレッシャーを自分にかけてしまいがちになるのも事実です。しかし、結果は自分で完全にコントロールできるものではありません。「なるようになる」という言葉を心の支えにして、自分を少しずつゆるめていくことが大切です。結果が出るに越したことはありませんが、失敗にも必ず意味があります。同時に、他人の忠告をすべて真に受けずに、必要に応じてスルーするスキルを身につけてほしいですね。

4.「他者」「感情」「結果」は変えられない、自分の「為す」べきことに集中する

――若手ビジネスパーソンが「疲れない心」を持つために、日ごろからできることはありますか?

「他者」「自分の感情」「仕事の結果」の3つはコントロールできないものであり、そこに欲求を向けると感情が乱れるという認識を持っておくことが大事ですね。そのうえで、この3つ以外に自分が努力できる事柄に集中し、相手次第の部分はどうしようもないと切り捨てる覚悟が必要です。

世の中、どんなに頑張ってもかみ合わない人はいます。そういう場合は「文化が違うんだ」「別の星の住人なんだ」と割り切ってしまう。分かり合えないからといって、わざわざ険悪になる必要はありません。

――「仕事の結果」というお話がありましたが、高い目標や成果が求められる職場で、日々ストレスやプレッシャーを感じている方もいるのではないでしょうか。

実際のところ、若手のうちはそこまで成果を期待されていないのではないでしょうか。成果とは「果実が成る」という意味ですが、仮にどんなに丁寧に世話をしても、りんごの実がならないこともあります。結果が出るかどうかは別の話であり、まずは「自分にできること(為すこと)」に集中すれば十分です。

ポイントは、「為す」と「成る」を混同しないこと。ただし、上司は「成果が出たかどうか(成ったかどうか)」を気にしますよね。それは上司の「役割」「仕事」だからです。上司が結果を求めるからといって、自分も成果ばかりに意識を向けるのではなく、まずは「為す」ための行動に注力することが大切です。

このような話をすると、よくスポーツ選手のみなさんが共感してくれますね。観客やメディアは結果ばかりを評価しますが、プロの選手たちは結果よりも、しっかり準備することに集中していることが多い印象です。

5.精神の疲れは意識の過負荷のサイン。「何もしない」時間を大切に

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――夏を前に疲れてきた新入社員のみなさんに対して、アドバイスはありますか?

身体ではなく、まずは「精神」を休めてほしいですね。精神が疲れているということは、何かに対して意識や集中を向けすぎているサインです。そんなときは、浅く広くぼんやりと過ごし、「何もしない」時間を意識的に作るのがおすすめです。あるいは、スポーツのように仕事のことを考えなくて済む活動も、精神の休養になります。

実際に休んでいるのに疲れが取れない人が多いのですが、その理由は休みの間も仕事のことを考えているからです。身体は休んでいても、心はずっと仕事をしている状態に陥っているのです。

例えばマラソンやランニングなどの単純な動きの運動は、目の前の事柄に集中するため、自然と心が休まっていきます。こうしたスポーツはメンタルに良い影響を与え、「アクティブレスト(積極的休養)」とも呼ばれています。しっかり体を動かすことで心が休まるのです。

また、オランダ語の「ニクセン」(=何もしない)という考え方も大切にしたいところです。日本人は休むのが苦手で、生産性や義務感に縛られがちです。休みの日のスケジュールをきっちり決めてしまう人もいますが、そうするとかえって休めていないことがあります。"無駄だ"と感じることに時間を使えるようにしたいですね。

――具体的なアドバイスをありがとうございました!最後に、片田さんの今後の展望を教えてください。

「読み書き」と同じように、「感情マネージメント」も誰もが当たり前に身につける教養となる未来を目指して、執筆活動を続けたいと考えています。

近年はAIも急速に発達していますが、「感情」は人間に固有のものです。感情をより深く理解し、振り回されるのではなく、自分の道具として自在に使いこなせる社会になればと願っています。そのための一助となれるよう、これからも活動を続けていきたいと思います。


(取材・執筆:金子 茉由/VALUE WORKS

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【書籍】
職場ですり減らないための34の「やめる」
何があっても疲れない心をつくる

もう疲れない・すり減らない・振り回されない
秘訣は「考え方を選ぶこと」だった――

合わない相手との関係で気を揉んだり、
クレーム対応で心ない言葉をいわれたり、
数字に追われて息つくヒマもなかったり......。
仕事をしていれば、しんどい思いをすることはあります。
疲れ果てて、まったくやる気が出ない......。
身も心もすり減ってしまうことはあるでしょう。

でも、同じ状況にいながら「ああいう人だからね」と軽く受け流したり、 理不尽なことをいわれても軽くスルーしたり、「できる範囲でやるしかない」と割り切ったり、 物事に振り回されない、「心が疲れにくい人」はいるものです。

では、その違いはいったいどこにあるのでしょうか?
ひと言でいえば、「考え方を選んでいるかどうか」です。

心の状態は「物事そのもの」と「物事についての考え」で決まります。
たとえば、企画していたイベントがトラブルで中止になったとしましょう。
そういった「物事そのもの」を選ぶことは不可能です。でも、起きた物事だけで心の状態が決まるわけではありません。「中止になったことをどう考えるのか」、「物事についての考え」は選ぶことができます。選択肢は大きく以下2つ。

心を疲れさせる「疲弊思考」か、心を穏やかにする「穏やか思考」か。

本書では、これまで1万名以上の方の悩みに耳を傾けてきたカウンセラーが、 やってしまいがちな34の思考の悪習慣を思い切って「やめる」ことで、「疲弊思考」から抜け出すコツを伝授。

人や物事に振り回されることなく仕事に集中するための必読書です。

(ぱる出版書籍紹介より引用)

ぱる出版刊

著者:片田 智也
発行年月:2023年5月
定価:1,540円

片田智也 オフィシャルHP>
一般社団法人 感情マネージメント協会>

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