あなたの職場に、表向きにはいい顔をしながらちくっと刺すような一言を言ってくる人や、必要以上にマウントを取りたがる人はいませんか?このような攻撃の背景には「満たされない欲求が潜んでいる」と、心理セラピストの大鶴和江さんは指摘します。幼少期からの生育環境や、周囲からの過度な期待による心の歪みが、時として他者への攻撃性となって表れてしまうそうなのです。
では、こうした"ずるい攻撃"を受けた場合、どうすれば自分を守ることができるのでしょうか。話題作『「ずるい攻撃」をする人たち』(青春出版社)の著者で、 のべ1万人以上の心の悩みに目を向けた大鶴さんに、職場で起きやすい人間関係のトラブルや、その対処法について詳しく話を聞きました。あなたも知らず知らずのうちに加害者や被害者になっているかもしれない"ずるい攻撃"の正体に迫ります。
【著者プロフィール】大鶴 和江
心理セラピスト、リトリーブサイコセラピスト。
大分県生まれ。児童養護施設で8年間過ごした体験から、さまざまな心理学や心理療法を学び、2005年に独立。のべ1万人以上の心の悩みを解決し、現在も福岡と東京を拠点として活動している。独自の心理療法「リトリーブサイコセラピー」を考案。問題の利得にフォーカスしたセッションは、「悩みがリバウンドしなくなる」と評判。著書に『既読スルー、被害者ポジション、罪悪感で支配 「ずるい攻撃」をする人たち』(青春出版社)、『自分を縛る"禁止令"を解く方法: 見えない「利得」に気づくと、すべての問題は解決する』(大和出版)などがある。
悩みの原因は、自分の内側にある
――大鶴さんが心理学や心理療法に興味を持ったきっかけを教えてください。
過去にさまざまなセラピーやカウンセリングを受けた際に、「自分の悩みは自分の内側に答えがある」と気づいたことがきっかけです。
幼いころに両親が離婚し、母親は複数の仕事をかけもちしながら何とか私たち兄妹を育ててくれていました。ところが母が病気で倒れ、養育困難となったために、私たちは児童養護施設に預けられることになったのです。そのとき6歳だった私は、「自分は捨てられたんだ」「ダメな子だったんだ」と思い込んでしまって。その感覚が尾を引き、若いころは人間関係の構築にとても苦労しました。「また人から見捨てられたらどうしよう......」という恐怖を常に感じていたのです。
当時の私は「悩みの答えは自分の外側にあるのでは?」と思い、いくつものカウンセリングなどを受けました。ところが、糸口をつかむきっかけは得られたものの、本質的な問題はなかなか解決しませんでした。そこで分かったのが、「問題の種は自分の中にあるのだ」ということ。自分の内側に目を向ける必要があると気づいてからは、いろいろな問題が解決に向かい、だいぶ気持ちが楽になりました。その経験から心理学の研究を始め、自らもセラピストとして活動するようになりました。
――『「ずるい攻撃」をする人たち』を執筆されようと思われたきっかけはどんなものだったのでしょうか?
"ずるい攻撃"をする人たちとは、「私は悪いことをしていないです」「そんなつもりはありません」と振る舞いながら、さもこちらが悪いかのような気持ちにさせる人たちです。リアルな人間関係だけでなく、最近はSNS上でも誹謗中傷などのトラブルが発生していますよね。そのような人たちの本質に迫り、人間関係に悩む方々にヒントを提供できればと考えました。
実は、これまでも自身のブログやYouTubeを通じて、さまざまな"ずるい攻撃"をする人たちの心理や対処法に触れる方法を紹介してきました。なかでも「見えない悪意」を取り上げた動画に大きな反響があり、共感の声をたくさんいただいたことも、本書を出版する後押しとなりました。
"ずるい攻撃"をする人の根底にある「欲求不満」
――"ずるい攻撃"をする人の特徴を教えていただけますか?
多くが「欲求不満」を抱えている人ですね。心の中に蓄積された寂しさや悲しみ、誰にも承認されない不安を慢性的に持っている人です。ポイントは単発ではなく、「ずっと抱えている」ということ。
例えば、幼児期から「いい子でいなさい」「いい学校に入りなさい」とプレッシャーを与えられつづけた人が、不満の表れとして人を攻撃してしまうことがあります。特に昨今の親は「毒親になりたくない」「いい親でありたい」と考えていますから、直接言葉には出さずとも無言のプレッシャーを与えている点が厄介です。
そのような環境で育った子どもは、次第に「私はありのままではダメなんだ」「人に認められる自分でなければ」と思うようになり、欲求不満になります。その結果、不満の矛先を他者に向け、誰かをいじめつづけることで快楽を得るのです。
――なるほど。「相手の思いどおりに動かなければ」と考え、自分らしく生きられなくなってしまった人が、他者を攻撃してしまうのですね。
そうなんです。本来、何かに失敗したときに、子どもは親から「今回はできなかったけど次はがんばろうね、大丈夫だよ」といったメッセージを欲しているはずです。「今回ダメだったのは、あなたがダメなのではなく、あなたの一部分が失敗しただけだよ」など、部分と全体を分けられる親ならいいんです。でも、「部分的な失敗=あなたという人間全体がダメだ」というアプローチをする親がたくさんいます。そのようなメッセージを受け取った子どもは、自己否定の感情に陥りかねません。
そういった子どもが大人になり、職場の一員となった場面を想像してみてください。例えば周りに自分よりも若くてかわいがられる後輩がいたときに、衝動的に攻撃してしまうのです。本当に悪意がある人もいますし、なかには「やってはいけない」と思いながらもちくっと刺す一言を言ってしまう人もいます。いずれの場合も根底には「ありのままの自分を認めてほしかった」「もっと愛されたかった」といった、満たされない思いがあるわけです。
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笑いながら「No」を突きつけてみる
――一方で、"ずるい攻撃"を受けやすい人の特徴はありますか?
"ずるい攻撃"を「する」人とも共通するのですが、自己否定が強い人に多いですね。具体的には、親に押さえつけられて育ってきた人や、自由にしたい、遊びたいといった欲求が満たされてこなかった人です。
脳内で「自分の意思を表現すると攻撃される」という変換が起きているため、人前で自分を出すことを怖がったり、理不尽な攻撃をされても拒否できなかったりします。そうなると、もっと攻撃されてしまうんですよね。自分の気持ちを伝えずに我慢しつづける人は攻撃する人にとって格好の的で、「心理的なゴミ箱役」になってしまうのです。
――"ずるい攻撃"を受けやすい人も、幼少期の経験や生育環境が影響しがちなのですね。
そうですね。一方で、親自身の欲求不満により、しつけと称して子どもをいじめているケースもあります。例えば、ひとしきり我が子を怒り、子どもが言うことを聞いたらすっきりして、人が変わったように「あなたはかわいいね。じゃあごはんにしようか」などと言う親を見たことはありませんか。いわゆるDVにも通じますが、これらはすべて攻撃する側が自身の罪悪感を消すための行動です。
いきなり優しくなるわけですから、子どもは「親が怒るのは自分への愛情なんだ」と勘違いします。その結果、服従したほうが親に愛されるだけでなく、居場所をもらい、安心・安全を手に入れられると思ってしまいます。そのような人たちが職場に入ると、パワハラやモラハラをする上司や同僚に服従しがちになる傾向があります。「私は無抵抗です。あなたの心理的なゴミ箱役になって、お役に立ちます」と相手を喜ばせ、無意識のうちに相手とのつながりをキープしようと考えてしまうのです。
――なるほど。では、"ずるい攻撃をする人たち"から攻撃されないために、どのようなことに気を付けたらよいでしょうか?
1回でもいいので、「No」と突き放すことです。おすすめのテクニックは、笑いながら「それってどういうことですか?」「誤解だったらいいんですけど、意図的にそうされたのかなって」と冷静に聞いてみる。「この人は反撃してくるんだ」と思わせることができれば、相手はそれ以上の攻撃はしてこないと思います。何も言わずにいると、相手の攻撃はどんどんエスカレートするので、我慢は一番の悪手です。
もう1つ大切なことは、「課題の分離」。つまり、相手のストレスや不満は「私のものではない」と認識することです。相手はこちらが悪い前提で攻めてきますが、お門違いな攻撃の場合は受け取りを拒否しましょう。何よりも「自分で選択をする」姿勢が必要です。
自分のことが大好きな上司やかまってちゃんの同僚・部下は多くの職場に一定数存在していて、人間関係のトラブルを引き起こしています。そんな環境下で自分を守るためにも、ぜひ「仲間」をつくることを意識してください。ほとんどの場合、いじめやハラスメントの対象になるのは、孤立していて誰にもSOSが出せない人たちです。人間関係は自分を守る盾になりますから、問題意識を共有したり相談できる仲間を探し、一人でも多く味方を増やしてほしいと思います。
自分自身の満たされない思いに向き合い、受け入れる
――著書の中で「"ずるい攻撃"に関しては被害者にも加害者にもなりうる」と書かれていたと思うのですが、自分が加害者にならないためにはどうしたらよいでしょうか?
なぜ自分は満たされないか、自分の内側に向き合ってみてください。辛い過去やトラウマを直視して、苦しくなるかもしれません。でも、抑圧して蓋をしていたものに目を向けないと、自分も周りも不幸になるだけです。寂しい、悲しい、認められたい、愛されたいーーそんなありのままの思いを紙に書き留め、受け入れることが大切です。
人は誰もが"ずるい攻撃"をする加害者になる可能性があります。自分よりうまくいっている人や、ちやほやされる人を「引きずりおろしたい」と考えるのは当たり前の感覚なのです。それは自分のなかにある寂しさや欲求不満が顔を出してきたのだと捉えるべきでしょう。でも、嫉妬は本当に人に向けるべきものなのでしょうか。もしかしたら、自分が過去に欲しかったものを、他人に投影しているだけなのかもしれません。
"ずるい攻撃"をしてしまう人も、必要以上に自分を責める必要はありません。「過去の問題が片づいていないだけ」と捉え、過去の出来事を完了させることに意識を向けるべきです。そのうえで、自分を満たすための方法を考えてみるとよいでしょう。「●●さんがムカつく」と思った瞬間に、ぜひ一度立ち止まるようにしてください。そのようなときこそ、自分の絶望感や悲しみを書き出し、向き合うことが有効です。
――最後に、職場の人間関係や"ずるい攻撃をする人たち"に悩む読者のみなさんへ、メッセージをお願いします。
良くも悪くも、職場では人間関係が一番のネックになると思います。割り切って仕事だけを行い業績を上げる人もいますが、いざというときに仲間がいないと孤立してしまうでしょう。そのような意味でも、リスクヘッジとして味方を作ることはとても大切です。必ずしも深い関係である必要はなく、軽い雑談ができる関係性でかまいません。むしろ、周囲の人たちに対して、ちょっとしたことでも手助けしてみるようにしてください。何かあったときに、そのような人たちがきっと味方になってくれるはずですから。
ちなみに、強権的、支配的な上司は常に職場の「ごみ箱役」を見定めています。自分自身がターゲットにならないよう、正当な意見を質問で返すなど、理不尽な事柄を"なあなあ"にしないよう気をつけてください。
ただし、相手に対する過剰な恐怖心がある場合は、カウンセラーや心理セラピストと一緒に、過去のトラウマに向き合うことをおすすめします。そのうえで、誰かとの共依存関係に気づいたら、まずはその関係性を立ち切る意識を持つようにしてみてください。自分の心を心理的に分析することで、自分を見つめ直し、生き方を選択し直すことが可能になるはずです。
(取材・執筆:金子 茉由/VALUE WORKS)
【書籍】既読スルー、被害者ポジション、罪悪感で支配 「ずるい攻撃」をする人たち
既読スルー、無視する、被害者ポジションをとる、サボる、ため息でアピール、わざとミスをする、弱さを武器にする、しつけという名の支配をする......周りからは見えづらい「ずるい攻撃」を仕掛けてくる人がいる。
このような攻撃を受けると、確実に「嫌な気持ち」になるものの、表面化しにくい攻撃だからこそ、周りに相談しても取り合ってもらえず「こちらの気のせいかな」と感じてしまう人が多い。
ただ、既読スルーも被害者ポジションも、すべて立派な攻撃。こういったわかりづらい攻撃、受動攻撃から身を守るにはどうしたらいいのか。
そもそも、こうしたずるい攻撃を行う人は何を考えているのか。
本書では経験豊富なカウンセラーが、受動攻撃をしてくる人の心理を解説。その具体的対処法も明かす。(青春出版社書籍紹介より引用)
青春出版社刊
著者:大鶴 和江
発行年月:2024年04月
定価:1155円