ふとした時に友人・知人らから言われた意外な「褒め」の一言。そんな言葉は些細なものでもたまに思い出しては心が軽くなるような、あたたかな気持ちになるものではないでしょうか。イラストレーターの室木おすしさんの漫画『たまに取り出せる褒め』では、そういった様々な「褒め」のエピソードが描かれています。
今回は室木さんに、「褒め」とは何か、人を褒める時のポイントから、仕事などで疲れた日々にどう向き合って生きていくかまで、様々なお話を伺いました。ぜひ室木さんのお話から、原稿用紙の余白のように、気持ちに余裕を持って生きるコツをつかんでみてください!
【著者プロフィール】室木おすし
イラストレーター・漫画家・オモコロライター。3児の父。16歳のころから寿司屋のアルバイトを転々とし建築家という響きに憧れ建築の大学に入学するも、直線がうまく引けないため挫折。卒業した後、渋谷アートスクールへ入学。24歳の時、フリーイラストレーターに。著書に「貴重な棒を持つネコ」「君たちが子供であるのと同じく」「悲しみゴリラ川柳」など。
「褒め」は適切な自己評価があってこそ成り立つ
ーー『たまに取り出せる褒め』を描き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
「ピザポテト」の話をふと思い出したことがきっかけでした。その時自分はすでに30代だったのですが、「あれ嬉しかったな」と思い出したのと同時に、その程度のレベルの思い出を自分はいまだに引きずっているのかと面白くなりまして。漫画にしてみました。
その作品を『オモコロ』というWebメディアに掲載したところ結構評判がよかったので、続けて書いてみようと思ったんです。2本目も自分の体験をもとに描いたのですが、自分の中の褒めのパターンがあっという間になくなってしまいまして(笑)。
それで他の人の褒めのエピソードも聞いてみたら漫画にできるかなと考えて、エピソードを募集してみました。そうしたら多くの方から投稿があり、しかもとても面白いものが多かったので、「これはシリーズとして描いていけるな」と感じました。
ーータイトルにもある「褒め」から得られる感覚とは、具体的にどんなものだとお考えですか?
自分や投稿者の方々のエピソードを通して共通して言えるのは、「他人から認められることで、自分はこの世界にいて良いんだ」と思える楽観的な感覚なのではないかと思います。「世界に自分がきちんと関わっていて、それによって世界が回っている」と感じられる、他の人からの認知のようなものです。
ーーなるほど。また、作品を拝読していると、どのエピソードの褒めにも「意外性」が共通しているのかなとも感じました。
そうかもしれません。自分では意識していなかったことを褒められた時にすごく嬉しいと思う感覚は大事だと思います。ただ、自分がその褒めを認められないと自分にとっての褒めにはならないんですよね。
褒めが成立する時には、他人からの褒めに無意識に賛成してる自分がいるんだと思います。やはり心を閉ざしてしまっている状態だと、なかなか褒めも受け止められないかもしれません。落ち込んでいたり心身の調子が悪かったりすると、ただの慰めに聞こえてしまうこともあるんじゃないかと思います。
ーーたしかに調子の悪い時には、褒めもきちんと受け止められなさそうですね。そのような時はどうしたら良いのでしょう。
褒めを一旦保留しておくのが良いかなと思います。メモをするとか、頭の隅に留めておくとかしておくんです。そうするとその時は響かなくても、夜ぐっすり眠った次の日には、「結構良いこと言われたな」と思えるかもしれないです。
ーー保留しておくのは良いテクニックですね!先ほど褒めは「自分はこの世界にいても良いんだ」という楽観的な感覚が得られるとお話しされていましたが、それが自己肯定感を高めることにもつながるのでしょうか。
もちろんそういう効果はあると思います。
ただ僕自身は、褒められることの効能にはあまり大きな期待はしていないんですよ。ちょっと嬉しいなって思える、それが全てかな、と。だから、自己肯定感を高めるために褒めを役立てようとか、落ち込んでいるから褒めを思い出して元気を出そう、という方向性にいくとそれはちょっと危ないと思うんですよね。
ーーそれはとてもわかる気がします。 褒めによって自分のアイデンティティーを固めるのは、『たまに取り出せる褒め』とは違うなと感じます。
そうなんですよね。でも、加減がわからなくなっちゃうことも多々あると思います。本当に嬉しい褒めなのか、自分から求めて引きずりだした褒めなのか、どう見極めて取り入れたら良いのかはなかなかわからないのですが。でも、やっぱり体調とかメンタルの状態とかが悪いと、余計な褒めを取り入れてしまうかもしれないです。
結局、自己評価をちゃんとできてることが全てにおいて重要な気がします。 「自分ってこれぐらいだろうな」という評価が他者から見ても同じ辺りにある場合は、 褒めをフラットに受け止めることができるのかな、と。
ーー褒めと似たものでアドバイスや助言などがあるかと思いますが、その違いはどのようなところにあると思いますか?
アドバイスや助言は人を動かそうとする意志が働いているものだと思います。それに対して、褒めは単なる感想です。「すごいな」とか「すてきだな」とか思ったからそう言っただけで、 それによって相手をどうこうしようとする気が全くないんですよね。尊敬する人からのアドバイスはたしかに大切なものですが、それをしっかり心に留めている感じ、褒めはふとした時に引き出しからぽんっ、と出てくる感じだと思います。
褒めたければ褒める。無理に褒めようとしなくていい
ーー逆に、人を褒める時のポイントは何かあるのでしょうか?
具体的なことを添えて褒めるのは良いと思います。あと、褒めはあくまで感想なので、「自分はこう思いました」と伝えるのが重要かな。三女の小学校の授業参観があった時に、担任の先生の授業がとても上手だったんですよ。三女もその先生のことが大好きで、1年生の最後の授業参観の時に、この気持ちを伝えたいと思ったんです。
それで、先生が他の父母さんたちとお話しているのを後ろでじっと待っていて(笑)、「先生のおかげで三女もとても楽しく学校に行けるようになりました。心配性なところがあったので先生の丁寧な対応がとても安心なようで私も嬉しかったです」とお伝えしました。 僕が具体的に先生のどこが素敵だと思ったか、感謝しているか、と伝えたのが先生は嬉しかったみたいで。伝えてよかったと思いました。
ーーそれは先生にとってもきっと大切な褒めになったでしょうね!
なぜそこまでして先生に伝えたかったかというと、「自分はあなたのことをこういう風に素敵に思った」ということは、口にしないと事実にならないからなんです。この事実を先生がこのまま知らないで過ごすのはもったいないし、これを伝えることによって、この事実がこの人の今後生きていく上での何か材料になるかもしれないと思いました。
ーー人にプラスな感想を伝えたいと思えるのも、自分に余裕がある時なのでしょうか。
そうだと思います。僕も余裕がない時は、人を褒めるどころではなくなります。でも、深く考えないで良いんじゃないかなとも思います。褒めたくなったら褒めれば良いし、余裕がない時は無理をして相手に対して褒めを絞り出す必要もないでしょうし。強制させられると途端に嫌になりますしね。褒めたかったら褒める、くらいのスタンスで良いと思います。
人生や仕事には、「余白」が大切
ーーここからはぜひ、室木さんのお仕事についても伺えればと思います。ご室木さんはお仕事の中で苦労したり課題にぶつかったりした時、どうされているのですか?
とにかく何も考えずにぼーっとしています。たくさん寝るとか、休憩するとかして休むことが大事だと痛感しています。余裕ができないと何もできないと思うんです。特に僕の仕事は一生懸命考えればできるわけではなくて、リラックスしている時や今日することないな、みたいな日にアイデアが浮かんだりします。1週間のうち1日は何もない日がないと、面白いものが生まれないと思っているので、仕事をセーブすることもあります。原稿用紙の余白、のりしろみたいなものが重要だと思っています。限界ギリギリまでいってしまうとそこから身動きできなくなって疲れてしまうので。
ーー余白を持つ意識はとても大切そうですね。
そう思います。先日ラジオの企画で、 スマホを持たずに旅をしたのですが(『ありっちゃありスパーク・梵』「スマホを持たずに旅に出よう~京急線・屏風浦駅の巻~」)、「スマホを持たずに今歩いている」という状況にとても解放感や楽しさを感じたんです。スマホを持たないで目的もなく出かけるのは、休日に頭を空っぽにするためにも効果があるんじゃないかと思いました。それこそ、寝ることもできない時は考えることを我慢して、スマホから離れるとか、近所を軽く散歩するとかも良いかもしれないです。
失敗したときは、人類全体のことを想う
ーー改めて室木さんの作品について伺えればと思います。室木さんの作品からはいずれも、優しさや柔らかさを感じます。作品を通して、表現について何か意識されていることはありますか?
落語家の立川談志さんの「落語は人間の業(ごう)の肯定だ」という言葉がすごく好きなんです。人間のどうしようもない性質や情けない部分が面白いと思っていて。自分の作品の根底にもその感覚があると思います。
自分が笑ったり面白いと思ったりしたことって、しょうもないなってことが多くて、人間のそういう部分を楽しもうというスタンスではあります。自分の失敗も笑ってほしいし、自分自身でもそれを笑えると良いですよね。そういう世界の方が生きやすいと思います。また、「多様性」は昔から意識していて、自分が失敗したりやらかしたりした時は、人類全体のことを思うんですよ。
人類が発展してきた理由って、いろんな個体がいたからじゃないですか。強い人もいれば作物をいっぱい作れる人もいるし、何にもしない人もいる。その多様性があったからこそ人類は発展してきたと思うんです。だから、自分が失敗をしでかして何もできなかった時も、「自分は"何もできない人間"であることを引き受けてるんだな」と思えば良いし、そこまで落ち込む必要もないと思っています。
ーーたしかに「なんで自分はダメなんだ」と自己嫌悪に陥るより、素直に受け入れたほうがすっきりしそうです。
そうですね。でもこう考えてばかりだと向上心がなくなってしまう(笑)。落ち込んだ時は「自分は何もできない奴という役割を引き受けてるんだ」と思えば良いし、気合いを入れて何かにとりかかろうと思う時は、「頑張るのが自分の役目だ」と自分を盛り上げる、みたいに使い分けると良いと思います。
また、気持ちが盛り上がらない時には、身近なところから理由付けして行動を起こしてみるのも良いと思います。例えば家族のためにちょっと早起きしようとか、好きなものを食べるために頑張ってみようとか、簡単なところからモチベーションを少しずつ上げていくのが良いのかなと。
ーーなるほど。落ち込んでいてもちょっとしたことから気持ちを上げていって、ふとした時に褒めを思い出して少し嬉しくなったりして気持ちを回復させられるとよさそうですね。
そのためにもやっぱり余白は必要だなと思います。気持ちに余裕があれば、自分の失敗も「まあそういう役割だしな」って笑えると思いますし。
また、気持ちの平均値を上げることはとても大切だと思います。大学生のころ、パチンコにはまっていた時期があったのですが、その時は「運が全て」だと思っていたんですね。だから、一般的には「運が悪い」と言われるようなジンクスや迷信も、自分にとっては全て運が良いってことにしようと思って。それで、もともと「運が良い」とされているジンクスは「スーパーラッキー」に格上げする(笑)。
そうすると、何かあるたびに「ラッキー!」と思えます。でももちろんパチンコで負ける時もある。それでも「そういうこともあるな」程度に思えるし、勝った時は「やっぱり俺すごいわ」と思いきり喜んでいました。
今はパチンコはしませんが(笑)、嫌なことがあった時もそれほど落ち込まない、嬉しいことがあった時は思いきり喜ぶ、そうやって気持ちの平均値を上げるのは大事かと思います。
人の顔色をうかがう必要はない。疲れたら、仕事の優先度を下げてしまおう
ーー日々仕事やプライベートで忙しく過ごしている人も多い「CANVAS」読者のみなさんにぜひメッセージをお願いします。
もし仕事に疲れているのなら、とにかく休んでください。仕事が好きな人は良いですが、そうでないのに常に仕事を最優先にしてしまうのは危険だと思います。
仕事の優先順位って人生においてそんな上位じゃないと思うんです。そのくせ仕事が幅を利かせている感じがするので、「仕事のくせに幅を利かせるな」と仕事にくぎを刺した方がいいと思います。調子に乗っているので。
先ほど多様性の話もしましたが、深く考えすぎずフラットに自分を認めることが大切だと思います。僕自身、仕事をしていない時は育児・家事に追われ、自由な時間はあまりないので、「楽しむ、ってなんだっけ?」と思うこともあります。でも、どうやったら自分が楽しいか考えて生きることしかできないし、それで良いと思っています。
ーーありがとうございます。会社員の方だと、職場の人間関係に悩んでいたり、休みを取りたくても周りの空気を読んで休めなかったり......と悩んでいる方も多いと思うのですが、そういう方へのアドバイスはありますか?
「他人からどう思われるだろう」と気にして自分を変えていくと、どんどん変な方向になっていってしまうので、まずは「自分はこう思っている」ということをきちんと相手に伝えてほしいです。他人を変えることはできませんが、相手の思いも聞いて、折り合いをつけていくしかないと思います。
相手の顔色をうかがって「こう思われているのでは」と勘繰ってしまう人も多いと思いますが、その推測は間違っていることも多いです。
僕自身の人生を思い返しても、人の顔色をうかがっていて良いことはほとんどありませんでした。怒るとか褒めるとか以外のことも、自分の感情をきちんと理解して伝えることが自分らしく生きるポイントだと思います。僕は30代後半でそのことに気づき、だいぶ生きやすくなりましたよ。まだ悩むことも多いですけど。
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筆者後記:
室木おすしさんのインタビュー、いかがでしたでしょうか。取材をしていて、私自身室木さんがどのように「褒め」をとらえて作品に落とし込んでいるか知ることができ、フラットに自分を認めることの大切さを知ることができたのはとても刺激的でした。仕事やそれ以外でも忙しい日々を送っている人が多いと思います。そんな皆さんも、今回のインタビューを参考に、自分の気持ちにできるだけ「余白」を持ち、落ち込みすぎずに楽しく生きる方法を模索することを意識していただけたら幸いです!(取材・執筆:伊藤鮎/VALUE WORKS)
【書籍】「たまに取り出せる褒め」
誰しも思い出すたび うれしくなってしまう "褒め"がある。ふとした時に懐から取り出して、にんまりと心を温める、誰かに褒められた記憶のストック。そんな記憶は他人のものでも、どういうわけか嬉しくなってしまうものなのである。描きおろしには絵本作家・ヨシタケシンスケ氏とTVプロデューサー・佐久間宣行氏の"褒めの記憶"エピソードを収録!オモコロの人気連載が描きおろし2編を加え、待望の書籍化!(Amazon書籍紹介より引用)
著者:室木 おすし
発売日:2024/2/14
定価:1,265円(税込)
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