コロナ感染拡大の今を予言したと話題の小説『ペスト』、ウィルスと闘う方法は

コロナ感染拡大の今を予言したと話題の小説『ペスト』、ウィルスと闘う方法は"誠実"

新型コロナウイルス感染拡大で世界中が揺れる中、日本でも緊急事態宣言が発令され、外出自粛要請が全国に拡大しています。この非常事態下でベストセラーにランクインしている書籍が70年以上前に刊行されたカミュの『ペスト』。今改めて読んでみると、日本の現状との驚くほど多くの共通点がありました。

70年以上前に出版されたカミュの『ペスト』とは?

ノーベル文学賞を受賞したカミュの不条理文学で,1947年に出版されました。この作品の不条理は,伝染病のペストです。中世ヨーロッパで大流行し,人口の3割以上を死亡させたペスト菌が,1940年代に再び,カミュの故郷のフランス領アルジェリアのオラン市を襲うという設定で描かれています。

カミュは、この作品でペストが蔓延し、封鎖されたオラン市中での人々の様相を見事に描きました。主な登場人物は、医師という職務を全うするリウー。偶然この町を訪れ,恋人と別れ離れになったまま,町が閉鎖され、脱出を模索し続けた新聞記者のランベール。ペストの発生は人々の罪のせいである、と教えを説いたパヌル神父。アルコールの密輸で稼ぎ、この状況を心地よく思っていたコタール。聖者となりたいと考え、医師として最後まで患者を気遣ったタル―。その他にも、この作品では多くの人物が登場します。

作品を読みながら,この状況に追い込まれた場合を考えると,自分がどの登場人物のように振舞うのかを自然と考えるようになります。また新型コロナウイルスが蔓延している現代,自分たちもカミュの『ペスト』の後半のような状況に追い込まれるのではないかとも考えさせられます。一層,現実味を帯びた形で,今の我々の心に刺さるものがあるのではないでしょうか。登場人物の心理や行動は、東日本大震災や現在流行している新型コロナウイルスの現状に酷似しており、我々はこの本から教訓や学びを得ることができます。今もなお,世界で読み受け継がれている名作です。

新型コロナウイルス感染が蔓延する現代の状況との共通点とは?

この作品で描かれているペストの発生からオラン市が封鎖された後の途中段階までと、新型コロナウイルスが蔓延する現代とでは共通点があります。

・ペスト発生後
ペスト流行の初期の段階では,人々は容易に天災(=ペスト)を信じられませんでした。そのため,医師のリウーも、不安のみならず,信頼との相争う思いに駆られていました。また人々は,天災を,やがて過ぎ去るものだと考えていました。しかし自分のことしか考えなかった人々が、謙虚な心構えというものをしなかった場合には,天災は必ずしも過ぎ去らず,悪い方向へ進み,人間の方が過ぎ去るものだとも書かれています。しかしオラン市の人々は,ペストが流行してもなお,すべてはまだ可能であると考え、取引を行うことを続け、旅行の準備をしたりしていました。この状況は、緊急事態宣言前後の日本とよく似ているしょう。

・市の封鎖後
市の門が閉鎖された後、市民は,市外にいる家族や仲間たちと引き離され,合うことも、見ることも、文通することもできなくなっていました。市民は,自分自身の苦しみと、そこにいない親しい他者の身の上に想像される苦しみの2重の苦しみを感じました。しかしこの時はまだ、自分以外の他者に想いを馳せることもできていました。

市の門が閉鎖された後も、大勢の人が、街頭やカフェにあふれました。病疫に関する統計(「ペスト第3週で死亡者が302名」など)が、毎週報道されるようになり、死者数の増加は顕著であったものの,20万人の人口を有していた市に対して,この死亡率が正常なものであるかどうか判断する基準を人々は知りませんでした。そのため人々は,相変わらず街頭を練り歩き、カフェテラスで卓を囲んでいました。また、アルコールやハッカドロップが伝染病を予防するという、そうでなくても人々にとって自然な考え方が流布しました。

オラン市のように閉鎖とまではいかないものの、日本では外出禁止が要請されることにより,学校や職場の友人たちや恋人と会うことが難しい状況になっています。現代ではビデオ電話が普及しているため、文通もできなくなってしまったオラン市とは状況の重さは異なりますが、会えない苦しみは皆、抱えていることでしょう。

また日本も毎日のように死者の数がニュースで報道されています。しかし現代でも、その数値が驚異的なものなのかが分からず、その脅威を認識することが難しいように思います。

「ペスト」に学ぶウィルスとの闘い方とは?

小説『ペスト』にはパニック映画でよく登場するような、ワクチンや特効薬を身体を張って開発するようなスーパーヒーローは出て来ません。物語の中心人物である医師のリウーは、絶望の中でも医師として目の前の職務を淡々と行なっています。そして「ペストと闘う唯一の方法は誠実さ。つまり自分の責務を果たすことだ」と語ります。

またオラン市では、保健所の人手不足を補うために,保健隊を公募しました。参加した人は,奇特なことをしたわけではなく,自分がなすべき唯一のことであると考え、入隊に至りました。恋人に会うために街の脱出を常に考えていた新聞記者のダンベールまでも、リウーやタル―がこの町で職務を全うしていることを想起し、この町で生きようと、保険隊への入隊を決意しました。カミュは作品内で「問題なのは,自分たちが果たしてペストの中にいるか否か、それに対して戦うべきか否か、ということであった」と記しています。もちろん、ペストに立ち向かう人がいれば、立ち向かわない人もいます。しかし、作品中の多くの人々は自暴自棄にはならず、自分がなすべきことを行っています。その姿は、困難な状況にあった場合に、人々のあるべき姿として、学ぶところがあるように思います。

まとめ

医師リウーの言葉を借りれば、ウィルスと闘う唯一の方法は、「自分の職務を果たす誠実さ」。最前線で働く医療従事者やインフラを支える方々の働きに感謝しつつ、私たちができる今の自分の職務とは、まずは「家にいる」ことだと改めて考えさせられる一冊です。

プロフィール

回遊舎(かいゆうしゃ)

"金融"を専門とする編集・制作プロダクション。お金に関する記事を企画・取材から執筆、制作まで一手に引き受ける。マネー誌以外にも、育児雑誌や女性誌健康関連記事などのライフスタイル分野も幅広く手掛ける。 近著に「貯められない人のための手取り『10分の1』貯金術」、「J-REIT金メダル投資術」(株式会社秀和システム 著者酒井富士子)、「NISA120%活用術」(日本経済出版社)、
「めちゃくちゃ売れてるマネー誌ZAiが作った世界で一番わかりやすいニッポンの論点1
0」(株式会社ダイヤモンド社)、「子育てで破産しないためのお金の本」(株式会社廣済堂出版)など。

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