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生みの親が語る、英EU離脱派とトランプ氏に勝利をもたらした爆弾
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生みの親が語る、英EU離脱派とトランプ氏に勝利をもたらした爆弾

2017.07.19

 
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「いいね!」を押す行為から、AIがその人の人格や性格を判別できるモデルを作り上げて数年前に話題になったスタンフォード大学ビジネススクールのミハイル・コジンスキー准教授。今、同氏の心理統計モデルは選挙キャンペーンに用いられ、2016年に英国と米国で世紀の番狂わせを起こした要因の一つと見なされています。扱い方次第で良くも悪くも社会を変えられる心理統計モデル、そのインパクトについてコジンスキー氏が語りました。

山下洋一

世界をひっくり返した心理統計モデル

2016年には、英国のEU離脱とドナルド・トランプ米国大統領の誕生という世界を驚かせる出来事がありました。これらは予想外の出来事ではなく、起こるべくして起こったと断言する研究者がいます。デジタル世代の心理統計学研究の第一人者であるスタンフォード大学ビジネススクールのミハイル・コジンスキー准教授です。これらの選挙のキャンペーンには、コジンスキー氏が研究する心理統計モデルが用いられたと同氏は主張しています。米コンピュータ歴史博物館のCHM Liveにコジンスキー氏が登壇し、人々の心理に効果的に働きかける新たなオンライン選挙キャンペーン手法について語りました。

ミハイル・コジンスキー氏は、Facebookユーザーの心理統計研究で、
世界中の200人以上の研究者が協力したmyPersonalityプロジェクトを実現。

「いいね!」だけで正確に人格判断

コジンスキー氏の心理統計モデルの研究は、「ビッグ・ファイブ」または「OCEAN」と呼ばれる1980年代に提唱された性格・個性を表す5つの因子に基づいています。

・オープンネス(Openness):新しい体験に対して、どのぐらいオープンか?(好奇心)
・勤勉性(Conscientiousness):完璧主義の度合いは?(根がまじめ)
・外向性(Extroversion):社交性は?(人と騒ぐのが好き)
・協調性(Agreeableness):思いやり、利他的な度合いは?(空気を読むのがうまい)
・神経症傾向(Neuroticism ):不安や緊張に対してストレスを感じやすい(情緒が不安定/安定)

インターネットの普及でネット上の豊富なサンプルを収集できるようになって、OCEANの研究は大きく前進し、様々な成果が報告されてきました。そうした中、コジンスキー氏はFacebookの「いいね!」に着目しました。ボランティア被験者を対象にOCEANに基づいた自己診断アンケートを実施、そしてボランティアの「いいね!」や投稿、共有したものと比べて相関性を導き出しました。

コジンスキー氏のチームが作り上げた心理統計モデルに当てはめると、「いいね!」を押した行為から、その人の性格や考え方、個性などを推測できます。2012年、コジンスキー氏のチームが平均68回の「いいね!」のデータを分析したところ、95%という正確さでユーザーの肌の色を導き出させました。性的嗜好は88%、支持政党も85%という高い合致率でした。

さらに、このコンピュータのアルゴリズムが「いいね!」から判定した結果と、ボランティアの家族や友人、同僚などに質問して得た結果を比べたところ、コンピュータは10個の「いいね!」を元にしただけで、ボランティアの同僚よりも正確な性格判断を下しました。70個の「いいね!」を元にすると友達やルームメイトより、150個では家族より、そして300個では配偶者を上回る結果を出しました。

レディ・ガガを聴く人は外交的性格

このコジンスキー氏の研究成果が話題になった後に、Facebookは「いいね!」のデフォルト設定をプライベートに変更しました。でも、利用者の個性や性格が分かるデータは「いいね!」だけではありません。現在、コジンスキー氏のチームはプロフィール写真に適用できるモデルを研究しており、その人が外交的か内向的か、同性愛者かどうかといったことはすでに高い精度で写真から読み取れるそうです。

ネットユーザーの一つ一つのアクションは小さなドットでしかありません。でも、いくつかのドットをつなぎ合わせて、心理統計モデルに当てはめることで、たとえば「レディ・ガガを30回再生した」というような普通のアクションが、音楽の好みだけではなく、性的傾向、政治的な考え、知性、個性などを推測する手がかりになります。今や私達は誰もがデジタル足跡を残しながら暮らしています。

デジタル足跡からターゲットに

心理統計学によるプロファイリングによって、人々が残したデジタル足跡から高い精度でその人物像を描き出せるということは、その逆も可能になります。ある人物像に当てはまる人に、デジタル足跡からたどりつけるのです。たとえば、不安を抱えている父親、内向的で怒りの捌け口を見いだせていない人、投票先を迷っている民主党支持者といったような条件で、そうした人達にリーチできるとしたらどうでしょう。心理統計モデルは、強力な選挙キャンペーンツールになります。

講演のタイトルは「Big Data Gets Political」

コジンスキー氏は、数年前にSCLという英国の会社から心理統計モデルに関して協力要請を受けました。その会社を調べてみると、情報コミュニケーションを扱う会社で選挙マーケティングを主サービスとしていました。その時に同氏は「悪い予感」を覚えたそうです。

Cambridge Analyticaの正体はSCL

そして昨年、英国でEU離脱が決まりました。EU離脱を支持するBrexit派のオンラインキャンペーンでは、Cambridge Analyticaというビッグデータを扱う会社が活躍しました。OCEANモデルをベースに、有権者をいくつかのグループに分類して、それぞれにカスタマイズしたアプローチを行う「マイクロ・ターゲティング」を展開しました。

Cambridge Analyticaは、米国の選挙に関わるためにSCLからスピンオフした会社です。当時コジンスキー氏はケンブリッジ大学に所属しており、Cambridge Analyticaという社名、また個性判定の手法からCambridgeとの関わりを問うメールがいくつもに届いたそうです。また、EU離脱という予想外の結果に落胆した人から、心理統計メソッドを生み出したことを非難されるようになったそうです。デジタル足跡から個性を判定するメソッドが政治に影響を及ぼす力になるのではないか、という予感は、コジンスキー氏の想像を超えた現実になったと感じました。

ヒラリー陣営の1/3のコストで大きな成果

しかし、それから半年後にBrexit以上の衝撃をコジンスキー氏は受けることになります。米国の大統領選です。トランプ氏は、情報技術に興味がなく、シンプルなウェブサイトだけで選挙戦をスタートさせるような候補者でした。ところが、2016年6月にトランプ陣営がCambridge Analyticaと契約すると、そのオンラインキャンペーンは一変しました。情報技術に口を出せないトランプ氏だったからこそ、新進の選挙マーケティング・スタートアップが実験的と呼べるような活動を自由に行え、それが奏功したのでしょう。

ヒラリー・クリントン氏もオンラインキャンペーンを軽んじていたわけではありません。ビッグデータ解析の専門家を雇用し、投じた資金はヒラリー・クリントン氏の方が何倍も多額でした。しかし、クリントン陣営はTVや集会をより重視し、デジタルマーケティングはそれらに有権者を呼び込むための入り口という扱いでした。対して、トランプ陣営は不利な状況の土壇場でオンラインを第2の選挙事務所に仕立て上げました。Cambridge Analyticaは、米国の有権者を32の個性に分類し、メッセージを届けたいターゲットを絞り込み、中でもトランプ陣営の選挙戦略にとって重要な17州に集中して、個々にメッセージをカスタマイズして届けました。有権者にとっては、自分に最も関連性の高いメッセージがトランプ陣営から届きます。それは特にマイノリティに対して効果が高く、そんな小さなグループを積み重ねることで、静かにクリントン氏との差をつめました。大衆に対して何度も何度もスローガンを繰り返す従来のメッセージと異なり、マイクロ・ターゲティングでパーソナライズされたメッセージは少ない回数で深く有権者に響きます。効果的であり、そしてコストを含めて効率的です。

隠せない、消せないデジタル足跡

昨年の米大統領選では、オバマ氏が再選した時に結果を的中させたビッグデータの専門家の多くが予測を外しました。そのため「統計のプロが選挙のプロに敗れた選挙」と言われました。でも、トランプ氏の勝利は心理統計のプロによってもたらされたものです。有権者の分布分析や選挙結果の予測に用いられていた従来のメソッドが、有権者の行動を操作できる新しいメソッドに敗れたというのが正しい見方でしょう。ビッグデータ解析が敗れた選挙ではなく、ビッグデータの使い方が進化した選挙だったと言えます。

人は、人や社会との関わりを絶つことはできないし、今やネットを利用せずに生活することも難しくなっています。講演でコジンスキー氏は「もはや人々がプライバシーを完全に保護することはできない」と断言していました。「いいね!」を偽装することは可能です。でも、好きでもないものに「いいね!」を付けるのは、その人を知っている人達にとって奇妙な行動でしかありません。ソーシャルネットワーク上で、それをわざわざやる価値は「ない」と言えるでしょう。

写真から同性愛者であるのを予測できるような技術が存在し、それを隠せない状況は差別を生む可能性があります。特にマイノリティの人達にとって警戒すべきことです。コジンスキー氏は、これからはプライバシーを保護するのが不可能であるのを前提に、次のステップを考える必要性を呼びかけていました。人々の暮らしが便利になるようにデータを活用し、マイノリティの人達が受け入れられる社会に向かうのが理想です。でも、残念ながら、ビッグデータの力の利用によって国政の不透明感が増し、とんでもない爆弾でも作ったかのように心理統計モデルの生みの親を非難するメールがコジンスキー氏の元に送られてくるのが現状です。

原稿: 山下洋一
サブカルチャーとテクノロジーの交差点に軸足を置いて、人や会社、文化、時事問題など幅広く取材しています。シリコンバレーで暮らし始めて10数年。PC産業の街がウェブ・ITの一大拠点に姿を変えるのを目の当たりにしてきました。ダイナミズムと人の面白さに魅了されて、このカリフォルニアの田舎街から離れられずにいます。

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